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9 将来
目を覚ますと、清潔なシーツの上だった。
(どこだ、ここ……。ああ――北斗の部屋か……)
見覚えのある天井に、北斗の部屋だとあたりをつける。ゆっくり上体を起こすと、隣では昨晩大暴れだった男が、すやすやと天使の寝息を立てていた。眠っていれば可愛いのに。
「……ったく」
身体がギシギシと軋む。どう考えてもヤり過ぎだ。
(っていうか、何で裸なわけ? 事務所でヤって、マンション連れて帰られて?)
まさか、また寝てるところをヤられたんじゃないだろうな。北斗ならあり得そうで怖い。
まあ、シーツは綺麗だから、大丈夫かもしれない。事務所に放置されなかっただけ良かった。
(多分、気絶したか……)
北斗とヤると、何回かに一回は気絶する。あれだけヤれば当然だが……。こっちはアラサーなんだから、気を遣って欲しい。まあ、まだまだ若いつもりではあるのだが、なにしろ北斗のはデカいし、負担だ。
(っていうか、そもそもヤるなって)
恋人でもない。セフレでもない。むしろ俺は北斗の上司である。なのに、何故、毎回抱かれなきゃならないんだか。
「ふぁ……。あー、まだ九時か……」
まだ午前九時だったようだ。ホストにとって、まだ眠っている時間だ。ぽすっとベッドに横になる。
「……」
北斗の前髪を払って、顔を覗き込む。長い睫毛。薄い唇。肌はハリがあるし、身体も引き締まっていて若々しい。女の子が放っておかないはずだ。まあ、ゲイなんだが。
(ってか、男の恋人も、居る様子ないんだよな……。まあ、居たら俺とヤらないか……)
北斗のことは、良くわからない。世代的なギャップだと思って、気にしないままになっているが、何だかんだ付き合いは長い。
北斗は十八の時に、入店してきた。それから五年。もう、五年も付き合っている。
これだけ一緒に過ごしていれば、ある程度のことは解る。どうやら、家族は居ないらしい。高校はろくに行かなかったようだ。店とマンションの往復以外、ほとんど何処にも行かない。身の回りのものは貢がれたものか、貰い物が殆どで、稼いだ金も多分、ほとんど使っていない。
表面的なことは解っても、なにを考えているのかは、解らない。北斗の中には、なにか本人でも制御しにくい何かがあって、それが時々、飽和する。衝動は、過去には暴力に。今は、俺とのセックスに、向いている。十代の頃は、血の気が多く、ケンカも多かった。
暴力よりは、マシかもしれないが――。
「言うて、俺も三十目前だしなぁ……」
結婚。とか、相手は居ないけど、考えない訳じゃない。そのうちホストを辞めて、結婚でもして。
「将来、かぁ……」
正直、あんまり考えてないんだよな。ヨシトさんに経営を譲られたら、このまま『ブラックバード』の経営に回るんだろうし。でも、先のことなんか解らない。流されるままに、生きてきてしまった。
(今さら、実家に戻るわけもないし)
ハァとため息を吐いて、視線を上げる。北斗が目を開けて俺を見ていた。
「うわ、ビックリした。起きたのかよ」
「将来って?」
「聞いてたのかよ……。まあ、俺もアラサーだし、いつまでもホスト出来ねえだろって」
「辞めんの?」
「……嫌でもそうなるだろ。オッサンに女の子が貢ぐわけないし。そもそも、俺も落ち目だしぃ?」
シーツに頬を擦り付け、瞳を閉じる。北斗が近づく気配がした。額に、北斗の髪が触れる。
「アキラが辞めたら僕も辞める」
「なんでだよ」
「で、アキラの店に行く」
「なんでだ。てか、いつ俺が店やるって言ったよ」
というか、こんな問題児、雇いたくない。
「みんな辞めたら自分の店持つじゃん。まあ、違うのもいるけど」
「まあ、典型的な流れではあるよな……。今は、なんも考えてねえし。店なあ――自分の店が欲しいと思ったことは、ないんだよな……」
俺がここに居るのは、『ブラックバード』だからだ。前のオーナーが店を畳んでいたら、俺はホストを辞めていたと思うし。ホストに拘っていた訳じゃない。
「じゃあ、僕が店作って、アキラを雇う」
「うわ。お前が上司とか最悪」
「だからアキラ」
「んぁ?」
その続きは、語られなかった。代わりに、北斗の唇が俺の唇に吸い付く。
「ん……」
舌が唇を擽る。舌先でノックされ、唇を開くと、ぬるり、無遠慮に舌が侵入してきた。
「っ、ん、北斗っ……」
湿っぽい話をしていたせいか、絆されてキスに応える。北斗の舌に自分の舌を絡め、吸い付いた。
北斗が覆い被さってくる。素肌が擦れあって、気持ちいい。北斗の肩に腕を回す。
「んは……、こら……」
「アキラも、のってたじゃん」
唇から離れ、首筋に舌を這わせる北斗に、軽く肩を押し返す。
「ダメだって。二度寝すんだから」
「こっち、反応してんのに」
さわり、性器を撫でられ、ビクッと肩を震わせる。
「良いんだよっ……。押し付けんな!」
北斗が自身の肉棒を擦り付ける。ゾクと快感が背筋を這っていった。
「元気すぎんだろ……」
「まだ枯れる年齢じゃねえだろ」
そう言いながら、北斗が互いの性器を擦り始めた。触れられてしまえば、あっという間に熱を持ってしまう。
(……こういう、八つ当たりじゃないセックス、嫌なんだって……)
甘い雰囲気の交わりは、慣れなくて嫌だ。北斗の、気があるのではないかと、勘違いしそうになる。
(いつもみたいに、モノみたいに抱いて良いのに――)
触れる唇が、優しい。淡く微笑む表情に、心臓が跳ねる。
乱暴にして良いと思っているのに、北斗はことさら丁寧に、俺を抱くのだった。
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