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10 ご褒美の約束

「北斗、これ倉庫に置いてきて」 「あー? あんだよ、他にやらせろよ……」 「他に居ないからだろ。皆、同伴だ」  ブツブツ文句を言いながら、北斗は酒の入った段ボールが載ったカートを押していく。今日の予定では、殆どが同伴出勤になっている。北斗は店前同伴しかしないため、『ブラックバード』に来ていた。 (ホント、店前同伴しかしないのに、売上良いんだから……。やっぱ顔かよ)  顔だけは良いからな。顔だけ。  台帳にチェックを入れ、入荷した品に過不足がないか確認していく。 (今日は開店前余裕ありそうだし、北斗にも仕事覚えて貰うか……)  いい加減、北斗が使いものにならないのは困るので、教育しなければ。幹部連中で頼りになる人間がすっかり居なくなってしまったし、正直、俺の負担がでかい。 「……」 「……」 「……」  しばらく待っていたが、北斗が倉庫から戻ってくる気配がない。頭を抱え、バックヤード方へ向かい、裏口の扉を開く。  煙が立ち上る光景に、俺は北斗の後頭部をひっぱたいた。 「いて」 「なに、サボってんだ!」  裏口でタバコを吹かしていた北斗に、歯を剥いて叱る。一日に何回、小言を言わせる気だろうか。 「いてーな。殴るなよ。暴力反対」 「何が暴力だ。小突いただけだろ」 「吸う?」  北斗がタバコを差し出す。 「吸わない。臭い移るから消せ」 「昔は吸ってたクセに」 「ホストなってからは吸ってねえよ」  女の子が臭いと言うから、ヘビースモーカーだったのに、しっかり辞めた。だから、ここ九年は吸っていない。 (なんで吸ってたの知ってんだよ……) 「お前も、その顔で吸うなよ……。イメージ合わないわ」  北斗は薄く笑ってタバコを揉み消す。おもむろに、顔を近づけてきた。 「代わりに、アキラの唇吸うかな」 「ちょ」  北斗の唇が噛みついてくる。いたずらにちゅうっと吸い付かれ、肩を押し返した。 「ヤニ臭せえって言ってんだろ!!」 「照れんなよ」 「誰がっ!」  コイツと話していると、疲れる。そもそも、話を聞かないし。  ハァとため息を吐き、気を取り直す。 「とにかく、サボってないで来い。仕事教えるから」 「だる」 「いいから来いっ!!」  面倒臭そうな北斗を引っ張り、事務所の方へと行く。革張りのソファに座らせ、書類を北斗に見せる。 「これな。お前まずはつけ回し覚えろ」 「ええー」 「ええ、じゃない」 「はぁ……」  北斗の隣に座り、名簿を一緒に見る。つけ回しの作業は、いわゆる人員の担当だ。お客様が来店したとき、スムーズに指名のホストを用意し、待ちの状態を少なくする。新規のお客様には、好みのホストをあてがう。経験がないホストには難しい仕事だが、北斗は在籍も長いし、出来るハズだ。 「店が始まったら、お前は指名されて忙しいだろうけど、他のホストのこともよく知れるし、まずはつけ回し覚えてみろ」 「あー、うん。解った」  面倒そうにしながら、渋々頷く。その様子に、ホッと息を吐いた。  北斗は他のホストとの交流が薄いし、つけ回しをしていれば自然と交流が増えるだろう。やっと幹部になって、多分これからも店を長く勤めるのだろうし、必要なスキルになるはずだ。  それこそ、例えば自分で店を持つようになったとしても――。 「……」  そこまで考えて、ふと北斗が、将来店を作ったら俺を雇うと言っていたのを思い出す。 (まあ、懐かれてんのは、悪い気はしないけど。クソガキ過ぎてな……)  とはいえ、もうヤンチャするような年齢でもなくなって行くのだろうし、そうなれば自ずと落ち着いて、無茶もしなくなるのだろう。自分がそうだったように。  少し寂しくもあるが、そんなものだ。 「うちってこんなにホスト居たんだ」 「割りと居るぞ。掛け持ち組も居るしな」  副業でホストをやっているやつもいるので、在籍人数は案外多い。だが、稼ぐならしっかり在籍していないと、やっぱり意味はない。指名をとれないと、歩合制だから稼げないのだ。短期で入店して、さくっと辞めるならアリだろうが。 「んで、これ頑張ったら、なにかご褒美ちょーだい」 「は?」 「給料増えるっても、1%だろ。何かくれ」 「お前なあ……」  呆れてしまうが、まあ、モチベーションが上がるのなら悪くはない……のか? 「何か欲しいの? 服でも買ってやる? 車とか言うなよ」 「免許ねーし、いらねえ」 「あー……。お前免許ないのか……。教習所行け。他に免許持ってないやつ集めてまとめて行ってこい」 「ええー?」  都心に住んでいると、必要ないところあるからな。でも運転出来るのと出来ないのとじゃ、今後が大きく変わる。 「ドライブ楽しいぞ? お前引きこもりだけど、休みの日くらい出掛けた方が良いって」 「――じゃあ、免許取ったら、アキラのことドライブに連れてってやるよ」 「ん? なんだ、やる気でたのか?」  珍しく前向きなことを言うので、思わず北斗の頭をワシワシと撫でてやる。北斗は嫌そうに顔をしかめたが、やめろとは言わなかった。 (まあ、車くらい買ってやっても良いけどな。つーか、俺より稼いでるんだし、余裕で買えるだろうけど) 「ま、とにかく、ちゃんとやったらご褒美はやる。考えておけよ」 「解った」
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