10 / 34
10 ご褒美の約束
「北斗、これ倉庫に置いてきて」
「あー? あんだよ、他にやらせろよ……」
「他に居ないからだろ。皆、同伴だ」
ブツブツ文句を言いながら、北斗は酒の入った段ボールが載ったカートを押していく。今日の予定では、殆どが同伴出勤になっている。北斗は店前同伴しかしないため、『ブラックバード』に来ていた。
(ホント、店前同伴しかしないのに、売上良いんだから……。やっぱ顔かよ)
顔だけは良いからな。顔だけ。
台帳にチェックを入れ、入荷した品に過不足がないか確認していく。
(今日は開店前余裕ありそうだし、北斗にも仕事覚えて貰うか……)
いい加減、北斗が使いものにならないのは困るので、教育しなければ。幹部連中で頼りになる人間がすっかり居なくなってしまったし、正直、俺の負担がでかい。
「……」
「……」
「……」
しばらく待っていたが、北斗が倉庫から戻ってくる気配がない。頭を抱え、バックヤード方へ向かい、裏口の扉を開く。
煙が立ち上る光景に、俺は北斗の後頭部をひっぱたいた。
「いて」
「なに、サボってんだ!」
裏口でタバコを吹かしていた北斗に、歯を剥いて叱る。一日に何回、小言を言わせる気だろうか。
「いてーな。殴るなよ。暴力反対」
「何が暴力だ。小突いただけだろ」
「吸う?」
北斗がタバコを差し出す。
「吸わない。臭い移るから消せ」
「昔は吸ってたクセに」
「ホストなってからは吸ってねえよ」
女の子が臭いと言うから、ヘビースモーカーだったのに、しっかり辞めた。だから、ここ九年は吸っていない。
(なんで吸ってたの知ってんだよ……)
「お前も、その顔で吸うなよ……。イメージ合わないわ」
北斗は薄く笑ってタバコを揉み消す。おもむろに、顔を近づけてきた。
「代わりに、アキラの唇吸うかな」
「ちょ」
北斗の唇が噛みついてくる。いたずらにちゅうっと吸い付かれ、肩を押し返した。
「ヤニ臭せえって言ってんだろ!!」
「照れんなよ」
「誰がっ!」
コイツと話していると、疲れる。そもそも、話を聞かないし。
ハァとため息を吐き、気を取り直す。
「とにかく、サボってないで来い。仕事教えるから」
「だる」
「いいから来いっ!!」
面倒臭そうな北斗を引っ張り、事務所の方へと行く。革張りのソファに座らせ、書類を北斗に見せる。
「これな。お前まずはつけ回し覚えろ」
「ええー」
「ええ、じゃない」
「はぁ……」
北斗の隣に座り、名簿を一緒に見る。つけ回しの作業は、いわゆる人員の担当だ。お客様が来店したとき、スムーズに指名のホストを用意し、待ちの状態を少なくする。新規のお客様には、好みのホストをあてがう。経験がないホストには難しい仕事だが、北斗は在籍も長いし、出来るハズだ。
「店が始まったら、お前は指名されて忙しいだろうけど、他のホストのこともよく知れるし、まずはつけ回し覚えてみろ」
「あー、うん。解った」
面倒そうにしながら、渋々頷く。その様子に、ホッと息を吐いた。
北斗は他のホストとの交流が薄いし、つけ回しをしていれば自然と交流が増えるだろう。やっと幹部になって、多分これからも店を長く勤めるのだろうし、必要なスキルになるはずだ。
それこそ、例えば自分で店を持つようになったとしても――。
「……」
そこまで考えて、ふと北斗が、将来店を作ったら俺を雇うと言っていたのを思い出す。
(まあ、懐かれてんのは、悪い気はしないけど。クソガキ過ぎてな……)
とはいえ、もうヤンチャするような年齢でもなくなって行くのだろうし、そうなれば自ずと落ち着いて、無茶もしなくなるのだろう。自分がそうだったように。
少し寂しくもあるが、そんなものだ。
「うちってこんなにホスト居たんだ」
「割りと居るぞ。掛け持ち組も居るしな」
副業でホストをやっているやつもいるので、在籍人数は案外多い。だが、稼ぐならしっかり在籍していないと、やっぱり意味はない。指名をとれないと、歩合制だから稼げないのだ。短期で入店して、さくっと辞めるならアリだろうが。
「んで、これ頑張ったら、なにかご褒美ちょーだい」
「は?」
「給料増えるっても、1%だろ。何かくれ」
「お前なあ……」
呆れてしまうが、まあ、モチベーションが上がるのなら悪くはない……のか?
「何か欲しいの? 服でも買ってやる? 車とか言うなよ」
「免許ねーし、いらねえ」
「あー……。お前免許ないのか……。教習所行け。他に免許持ってないやつ集めてまとめて行ってこい」
「ええー?」
都心に住んでいると、必要ないところあるからな。でも運転出来るのと出来ないのとじゃ、今後が大きく変わる。
「ドライブ楽しいぞ? お前引きこもりだけど、休みの日くらい出掛けた方が良いって」
「――じゃあ、免許取ったら、アキラのことドライブに連れてってやるよ」
「ん? なんだ、やる気でたのか?」
珍しく前向きなことを言うので、思わず北斗の頭をワシワシと撫でてやる。北斗は嫌そうに顔をしかめたが、やめろとは言わなかった。
(まあ、車くらい買ってやっても良いけどな。つーか、俺より稼いでるんだし、余裕で買えるだろうけど)
「ま、とにかく、ちゃんとやったらご褒美はやる。考えておけよ」
「解った」
ともだちにシェアしよう!