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11 北斗のやる気
「お前、どんな魔法使ったんだ?」
ソファに寝そべりながら、ユウヤがそう切り出した。『ブラックバード』の現ナンバー1であるホストながら、ユウヤは基本的にやる気がない。年齢も三十四歳になって腹も出てきたし、本人としてもそろそろ裏方へ回ろうと言うところなのだろう。それでも、昔から通っている客のお陰で、ナンバー1の座が守られている。
「なんの話?」
次回イベントの準備をしていた俺は、ユウヤの言葉に顔を上げた。
「北斗だよ。最近やる気だ。おかしい」
「おかしいって……」
やる気があっておかしいと言われるのは、ちょっと可哀想な気がする。だがユウヤの言い分も解る。それだけ、北斗は問題児だったんだ。
「別に、頑張ったらご褒美やるって言っただけだけど……」
「え。何やるの?」
「決めてない。考えとけっていったけど」
「うわ。怖えええぇ。御愁傷様」
「いやいやいやいやいや! そんなこと言うなよ! 俺まで怖くなるだろ!?」
そうなのだ。北斗のやつ、思ったよりちゃんとやってるのだ……。目の前の人参のために頑張っているのだとしたら、確かに怖い。
「フェラーリとか要求されんのかな……」
「北斗だぞ? それで済むわけない」
「怖い怖い怖い。脅すなよ!」
実は面白がっているんじゃないだろうか。
「式が決まったら教えてくれ」
「香典なんか要らねえよ!」
「いや、葬式じゃなくて――」
ガチャ。ノックもなしに扉が開く。
「アキラ、発注終わったから確認――あれ、ユウヤ。来てたの」
「おう、北斗ちゃん。頑張ってるんだって?」
「まあね」
得意気な顔をして、北斗が俺のとなりに腰かける。先ほどまで北斗の話題をしていたことなど尾首にも出さず、俺は台帳を受け取った。
つけ回しだけじゃなく、発注も覚えてくれたので、ありがたいのだが……。
「ああ、良いな。大丈夫。ただ、シャンパンだけ増やそう。イベントあるだろ?」
「ああ、そっか」
(やれば出来る子だったんだなぁ……)
なんとなく感慨深い気持ちで北斗を見る。視線が頬に刺さったので顔を上げると、ユウヤが微妙な顔で俺たちを見ていた。
「なに?」
「いや、北斗って今年で何年目?」
「五年」
「もうそんなになるか。時が経つのは早いな」
「オッサンかよ」
「酷いわ北斗ちゃん。あ、お前ら、ここんとこ萬葉町で詐欺被害増えてるらしいから、気を付けろよ?」
ユウヤが急に真面目腐った顔で、そんなことを言う。
「詐欺?」
「佐倉組からのお達しだ。ホスト、ホステス狙って荒稼ぎしてるってよ」
「マジかよ。どんなやつなの? 半グレ?」
佐倉組は地元のヤクザだ。『ブラックバード』は直接世話になっているわけではないが、ちょっとだけ顔が利く。前のオーナーが、四代目の組長と繋がっているのだ。
「さあ、そこまでの情報はないから、まだ尻尾も掴んでないんじゃないか?」
「取り敢えず、気を付けるよう言っておくわ」
なんとなく不穏なものも感じるが、ここは萬葉町だ。ある意味、日常茶飯事でもある。
(しかし、ホストだけでなくホステスもか……。どんな詐欺なんだか)
対象がホストやホステスなら、ロマンス詐欺の可能性が高そうだが、男女両方となると組織的な犯行だろうか?
俺自身、ヤクザに暴行された経験も、半グレのトラブルに巻き込まれた経験もある。やはりここは萬葉町なのだな、と、改めて思うのだった。
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