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逃げの姿勢の極め方
ぜえはあと荒い呼吸が口から零れ落ちる。苦しい。でもここで止まるわけにはいかない。
俺は今”恐怖”から逃げている。
その”恐怖”は俺のことを何度も何度も何度も何度も、何度も何度も犯しては俺をおかしくさせる。
”恐怖”は人間で、とあることをきっかけに俺に執着してきて、一切放してくれなくなった。俺はそれが嫌でたまらない。
「はぁ、はぁ」
俺は自由がいい。誰かに閉じ込められ一生を織の中で過ごすなんてまっぴらごめんだった。
だから逃げる。あいつから。
真っ暗闇で道がよくわからないながらもどうにか大通りに出たようで、広い道が目の前に現れた。ここで車を捕まえて警察まで連れて行ってもらえれば彼からは逃げることができるだろう。そう思うと途端に安心して足が立たなくなってしまった。
がくっと膝から崩れ落ち近くにあったガードレールによりかかる。
ようやくだ。ようやく彼から逃げることができた。
涙が自然と零れ落ちる。
怖かった。もう二度と見つかるもんか。…逃げるのはこれで4回目だけど。
涙を服の裾で拭っていると、道路の向こう側がぱっと明るくなった。車のヘッドライトだと気づいたのは本当に一瞬のことで、すぐに足に力を入れて立たせる。これが最後の頑張りだ。
「っすみません!」
多少の怪我は承知の上で車の前に飛び出ると、車は俺の目の前ぎりぎりで止まってくれた。車から誰かが顔を出してなにかを怒鳴ってくる。しかし俺にとってはその声ですら神の一声のようだった。
「すみません、ごめんなさ、い、ほんとうにごめんなさい。でも助けてください、お願いします」
また嗚咽が喉から出てくる。涙もとめどなく溢れ出る。膝をつき手を組んで懇願していると、車の中にいた人は降りてきて俺の前まで来て膝を折って顔を覗き込んできた。逆光でこちらから相手の顔はほぼ見えない。
「怪我をしているのか…?大丈夫か?なにがあった」
…奇跡だ、日本人だ。こんなところに日本人がいるだなんて、奇跡以外の何物でもない。
「助けて、助けてください。お願いします」
とにかく今の状況では逃げることが最優先だ。それになにがあったかなんて今は口に出すのもおぞましい。ひたすらに懇願していると、その人は「わかった、とりあえず車に乗れ」と俺のことを支えて立たせてくれた。
ああ、優しい人に出会えた、よかった。そう思いながら車の後部座席に乗せてもらうと、助手席に髪の長い女の人が乗っていることが分かった。でも俺にとって髪の長い人は今はトラウマで、悲鳴を上げそうになる。なんとかこらえていると、俺を助けてくれた人も車に乗り込んだ。
そして、車の鍵がガチャリと閉められた。
そこで俺はすごく嫌な予感がしたんだ。その音がまるで俺を逃がさないと言っているような気がして。そんなことはない、絶対ない。そう思うのに、体の震えが止まらない。
女の人がゆっくり俺の方を振り返った。
「おかえり、コウタ」
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