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夢のようなひととき
舞台袖から離れ、再度子供を先頭に歩き出す。今度は離れないよう、隣について歩いた。
『どこに行くの?』
『チョコレートが大好きなお兄さんにとっては夢のような場所だよ』
それはどんな場所なんだろうか。チョコレートでできた家具があるとでもいうのだろうか。先ほどの強面の男との対面も忘れ、俺はチョコレートのことを考え胸を躍らせていた。
『ついたよ』
子供に案内されたのは、大きな四角いテーブルが1つ、椅子が対面に2脚つずつ計4脚並んだ場所だった。
ここが俺にとって夢のような場所?そう首を傾げて不思議に思っていると、子供が椅子に座るよう促してきた。俺が壁側の椅子に座ると、子供はその真正面に座る。
床にカーペットが敷かれているのを見る限り、ここは応接室なのかもしれないと思った。あれだけ広いテントだし、こんな感じで貴賓を通す場所もあるのかもしれない。
ここで自分は何をしていればいいのか。何もない室内を所在なさげに見渡していると、子供から話しかけてきた。
『ねぇ、お兄さんはひとりなの?』
『え』
『お兄さんはひとりでここに来たの?』
『そうだよ』
『すごいね。ひとりでここまでたどり着ける人なんてそうそういないのに』
それはこの子供の協力あってのことだ。きっとこの子がいなければ俺は今頃路頭に迷い日本に帰る準備をしていた頃だろう。褒められるべきはこの子供だ。
『こちらこそありがとう、連れてきてくれて』
『ううん、お兄さんはぴったりだと思ったから』
『ぴったり?』
『それより、お兄さんは家族はいるの?』
家族は…数年前に全員死んでいる。突然父の運転する車のブレーキが効かなくなり、ガードレールを突き破り谷底に家族全員車ごと落下した。俺以外の母、父、姉、妹はみな即死で、俺も一か月ほど生死の境をさまよった。犯人は警察官である父をに捕まえられたことを恨んだひき逃げ犯の犯行だった。ブレーキオイルを漏れるように設定していたらしい。
その旨を所々省きながら伝えると、子供は悲しそうな顔をした。
『そっか…』
『ああ、悲しそうな顔しないで』
『うん…でも、気にしないでお兄さん!今からはきっと幸せになれるよ!』
慰めるつもりが逆に慰められてしまった。こういうところは子供の天真爛漫なところでかわいい。
会話もそこそこに、さて俺はどうしてここに連れて来られたのだろうと理由を忘れかけたころ、仕切りの布をのれんのように押しのけて先ほどの大男が入ってきた。驚いた俺は椅子から立ち上がってしまうが、子供に『大丈夫だよ』と言われ大人しく座り直した。
「~~~~」
男は片手に銀色のトレーとクローシュを持っており、子供に一礼した後、そのトレーをテーブルの上に置いた。パカリとクローシュが取り外されると、そこには俺が求めてやまないチョコレートがあった。
チョコレートを知っていると言ったのは本当だったのか…!
俺がチョコレートを凝視していると、子供はにこっと笑った。食べていいらしい。
俺はすぐさまチョコレートを1つ鷲掴みにすると口に放り込んだ。甘い、甘い、甘い。砂糖の甘さではない、特別な何かを使った甘さがある。ほんのり苦みもあり、ちょっとクセのある後味がほんとうに美味しい。
1つ口に入れるともう止まらない。2つ、3つと食べてしまう。ゆっくり溶かしたり、優しく嚙んだり、口の中でチョコレートを愛撫していく。
どうしてこのチョコレートはこんなにおいしいのだろう、いくつ食べても飽きない。
そのうち頭がぼんやりしだした。チョコレートには催淫効果があるというし、もしかしたら酒も入ってるかもしれない。それでも食べる手を止められないでいると、スッとトレーが引かれてしまった。どこに行ったと探せば、子供がトレーを抱えている。手を伸ばすも、もうだめだという風に頭を振られてしまう。
「なんで…」
眉を顰め体を乗り出してチョコレートに手を伸ばしたけど、男が俺の腕を掴んで子供に触れさせまいとする。どうしてそんないじわるなことをするんだ、と睨みつけた時だった。
「!」
体ががくん、と崩れ落ちテーブルに体を強く打ち付けた。あれ、体が動かない。どうしたんだろう。そうするうちに、俺は意識を手放してしまった。
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