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競売を観覧する
子供が連れてきてくれた場所は、真っ暗な路地裏だった。それらしい雰囲気に、心臓がバクバクと大きい音をたてる。
本当にここにあるのだろうか、あのチョコレートは。期待で胸が膨らむ中、子供は先先と歩いて行ってしまう。慌てて追いかけると、子供は俺の方をふりかえって『チョコレート好き?』と聞いてきた。
俺はその問いに『もちろん大好きだ』と答える。わざわざチョコレートのために渡航したのだ。そこいらのチョコ好きとは訳が違う。
すると子供はまたくすくすと笑った。この子は本当によく笑う子だ。
『あのチョコレートは特別。あなたが気に入ったと知ったらみんな喜ぶ』
なるほど、どうやら闇市に並ぶくらいだからなにか特別な製法で作られていたようだ。とりあえず今まで貯めてきた貯金をすべて持ってきたから買えるだけ買おう。
そう心に決めながら細くなっていく路地裏を歩く。そろそろ体を横にしないと通れないくらいの細さになってきており、本当にこの先にあるんだろうかと今度は不安になってくる。子供は悪戯好きだ、もしかしたらただ遊びたくてこういう場所に連れてきているのかも。
そう嫌な考えが頭の中をよぎりつつあった頃、目の前が急に開けた。そこは広場のような場所で赤いテントが一つ立てられていた。テントの周りには家らしきものが建っている。
テントはかなり大きく、中国語で書かれた大量の札がぐるっとテントを囲うように吊るされていた。
ここが会場なのだろうか。
テントの大きさに呆然と立ち尽くしていると、子供は連れてきてくれた時と同じように先に歩いていく。足早についていくと、子供はテントの裏側に回り開いている裏口から中に入って行ってしまった。
「え、ちょ」
そこって関係者限定じゃね。そう思って声をかけようにも子供はすでに奥の方に進んでしまっている。俺は買うつもりで来たんだが、もしかして関係者か何かに会わせるつもりなのだろうか。
「っ失礼、しまーす…」
しかしここでじっとしていては何も始まらない。俺は意を決して子供と同じように裏口に入った。
中は薄暗い。
上にカンテラらしきものがぶら下がっているが、天井が高いためかそれだけで明るさを補いきれていない。
足元に注意して歩いていくと、奥の方から人の声が聞こえた。何やら争うような声だ。
その声を頼りに進めば、舞台の袖のような場所に出た。ちらりと覗けば、大勢の人が簡易的な椅子に座り丸い札を上げ大声で何かを叫んでいた。
「~~~~!」
「~~!」
様子から察するに、競りのようだ。闇市というからにはなんとなく想像していたが、だれがどれくらい金額を出したかで買えるかが決まるようだ。
男が一人、手札を大きく掲げ何か(おそらく数字だ)を叫ぶ。すると壇上の真ん中にいた司会らしき人物が木槌を打ち鳴らし、司会者の後ろにあった檻を右奥に流していった。何が入っているかはわからないが、多分いいものではないだろう。
その競りの様子を少しの間眺めていた時だった。不意に背中にぞくっとした悪寒が走り、慌てて振り返ると大柄な男が真後ろに立っていた。
「~~…?」
警備員か何かだろうか。ここで何してるんだって聞かれてるんだろう。どう説明すればいいのか…。とりあえず自分も参加者だと伝えるために自分を指さし、参加者席を指さし、何度か頷いて見せる。
『ワタシ、アソコ、イル、ワタシ、サンカ、オカネ』
ここ数日で覚えた片言の中国語を言いながら、カバンの中から中国紙幣を取り出し見せる。が、反応がない。よく見れば強面である男は無言で俺を見つめてきていて、何を言っても蹴り出されるかここの商品になるかの二択を迫られそうな雰囲気の中、ほんとうに緊張感で死にそうになっていると、男の後ろから連れてきてくれた子供がひょっこり顔を出した。
ああ、助かった。そう思うのは早いと思っていても、思わずにはいられない。
子供は俺の顔と男の顔を何度か往復して見た後、にっこり笑って「ニーハオ!」と言った。
それから子供は男の前に立つと身振り手振りをしながら何か話す。男は数度頷くとズズッと暗闇に引っ込んでいった。
『ありがとう…』
『ちゃんとついてこないとだめじゃない!』
君が先に行ってしまったんだという言葉は、英語に翻訳されることなく俺の胃の中で消化された。
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