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第7話 茂人さんは怒ってる

 茂人さんは僕が怒ってるのかと口にしたのを聞いて、苦笑して言った。 「怒ってるって言えば、怒ってるし、そんなのは俺の勝手なのもよく分かってるんだ。…立花が楓君が酔い潰れたのは凄く凹んでたからだって言ってたんだけど、それほんと?」  僕は思わず咽せてしまった。慌てた茂人さんに背中を軽く叩かれて、息を整えた僕は直ぐ近くに茂人さんがいる事に何だか落ち着かなくなった。 「落ち込んだのって誰のせい?…楓君て付き合ってる人とかいたの?」  僕は茂人さんが良い匂いがする事に気が付いて、妙に心騒いだせいで、あまり考えないで答えていた。 「…いません、そんな人。それに誰のせいって、それ茂人さんが聞くんですか?」  すると茂人さんは僕から顔を背けて自嘲気味に呟いた。 「だって、俺は楓君に捨てられた身だからさ。…レンタル彼氏なんていつ捨てられたって文句は言えないけど、でも、俺楓君とあれっきりになるとか覚悟がなくて、本当ショックで。」  僕は茂人さんの言ってる事が分からなくて首を傾げた。 「僕、別に茂人さんを捨ててなんていませんよ!…ただ、お金で繋がっている様な関係は、茂人さんに無理させる様な関係はもう終わりにしたいって思っただけです。」  すると茂人さんは、少し期待を込めた表情で僕をじっと見つめて尋ねてきた。 「じゃあ、その、俺と会えなくなって凹んでたとか?あー、俺自意識過剰かも!嘘。今の忘れてくれる?」  ちょっと赤らんだ顔を片手で隠して、茂人さんはそっぽを向いた。僕はもしかして茂人さんは僕に会えなくなって寂しく思ってくれていたのかなと、ドキドキしながら首も赤らんで来た茂人さんをじっと見つめた。  諦めた様にこちらを見る茂人さんは、少し余裕を見せて僕に微笑んで言った。 「で?凹んだ本当の理由は?俺は楓君に二度と会えなくなって、馬鹿みたいに凹んでたんだけど。」  僕は少しボウッとして、茂人さんの整った優しい顔を見つめて呟いた。 「僕、覚悟してたつもりだったんです。茂人さんに二度と会えなくなる事。でも、毎日茂人さんの事、雑踏の中に探しちゃうし、少しでも似てる人がいるとドキドキしちゃうし。馬鹿みたいに、茂人さんに会いたくて堪りませんでした。僕はきっと、茂人さんが…。」  茂人さんが何なんだろう。僕は自分で言いながら、その先が続かなくて黙り込んだ。茂人さんは僕にとってなくてはならないお薬の様な存在だった。  でもそれが、段々と一緒にそばに居たい、時間を過ごしたい相手になって…。途端に飲み会の時に笹川さんに、その人が好きなんじゃないのかと問いかけられた事を思い出してしまった。  男の人を好きになるなんておかしな事なんじゃないかな。茂人さんにそんなこと言ったら、嫌われるんじゃないのかな。そう頭の中をぐるぐると考えが駆け回って、何も言えなくなった。  すると茂人さんは僕の顔を覗き込んで言った。 「俺、ずっと楓君が可愛いなって思ってた。俺の前でふわっと笑う楓君に実際癒されてたし。俺ね、4月にレンタル彼氏辞めてたんだ。でも楓君の予約だけ受ける様にオーナーに頼んでたの。  俺の外見に寄ってくる女の子たちと違って、楓君といると、俺凄い優しい気持ちになれてさ、すごい大事な時間だったんだ。そんな時間が楓君のお金で成り立っているって事が矛盾してたんだけどね。  だから、楓君から、もう今日で会わないって遊歩道ではっきり言われた時すごいショックでさ。気づいたら楓君はもう姿も見えなくて、なんで連絡先教えてもらわなかったのかって後悔したんだ。だから、拓也から、あ、立花から森君ってバイト先の後輩の話聞いて飛び上がっちゃって。  誰か他の人のせいで、楓君が凹んだのかもしれないって思ったら、それも何だか許せなくてさ。勝手だろ?俺。自分でも馬鹿だなって思うけど、俺さ…。楓君が好きだ。」  僕の迷いなんてなんでもない様に、茂人さんは僕に好きだって言った。好き。好き?僕が言葉の意味を図りかねていると、茂人さんがクスッと笑って言った。 「楓君には話してなかったけど、俺バイなんだ。バイって分かる?女も男も恋愛対象になるってこと。だから、俺は楓君が恋愛の意味で好きなんだよ。こんな事言われても困るよね。でも、もうこの二カ月の様な後悔ばかりの時間は過ごしたくないんだ。ごめんね。俺の気持ちを押し付ける気は無いんだ。でも良かったら、俺のことアリかなしか考えて欲しい…です。」  呆然と聞いていた僕は、急に敬語になった茂人さんの顔を思わず見上げると、見たことのない緊張を滲ませた表情で茂人さんは僕を見つめていた。少し垂れた優しげな眼差しは僕が大好きな茂人さんの一部だったけれど、今、その瞳は僕の視線を逸らすことを許さなかった。 「俺の話は終わり。楓君びっくりしたよね。ゆっくり考えてもらっていいから、近いうちに返事聞かせてくれる?…連絡先だけ教えて下さい。」  僕はさっきから自分の心臓がバクバクと暴れ始めているのに気づきながら、手の中のカルアミルクの氷がカランと音を立てるのを聞いた。

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