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第8話 思いがけない告白
僕は自分のベッドに寝転がりながら、ぼんやりとしていた。あれから茂人さんはいつもの調子で、自分がした告白などまるで無かった様に、僕と連絡先を交換して、駅まで送ってくれた。
別れ際に茂人さんは僕に言った。
「楓君、俺にチャンスをくれないか。3回、3回だけ俺と会って欲しい。それから告白の返事が欲しい。…だめかな。」
先程と同じ緊張の滲む茂人さんに、僕は頷くことしか出来なかった。自分でも自分の気持ちが分からないのに、どうして茂人さんに会わないなんて言える?
僕はため息をついた。何だか目まぐるしい展開すぎてついていけない。もう二度と会えないと思っていた茂人さんと会えて、ドキドキするほど嬉しかったのに、その茂人さんが僕のことが好き…。
あの立花さんたちとの家飲みで笹川さんが言った言葉が、僕の耳元で繰り返された。
『えー、その人の事ばかり考えちゃうって、それってほとんど恋じゃないの?』
僕は茂人さんに恋しているのかな。会いたかった人に会えたからって、こんな風にドキドキするのかな…。答えの出ない自問自答を放り出して、僕は目を閉じた。何だか慣れない事ばかりで、とても疲れた。
翌朝目が覚めると、スマホが光っていた。友達の多くない僕は家族から何か急ぎの連絡でもあったのかと、慌てて手に取ると、そこには茂人さんのメッセージが届いていた。
『おはよう。今週の水曜日か、木曜日の午後空いてない?もしダメなら都合の良さそうな日、教えてくれる?』
僕はそのメッセージを見つめて、昨日の茂人さんとの会話が現実だってじわじわと実感したんだ。それは僕の心臓をやっぱり速くさせた。ああ、もうどうにかして欲しい、このドキドキ。自分の恋愛経験の少なさがここにきて足を引っ張っている。
バイト先でも、ドキリとする様な事を立花さんに言われた。
「森君て、茂人と知り合いだったんだね。俺が森君の話したら、めちゃめちゃ食いついてきてさ。何かムキになってたけど、迷惑かけてないかな?もし困ってたら俺に言ってな?ガツンとあいつに言ってやるからさ。」
茂人さんがどこまで立花さんに、僕たちの関係を言っているかわからなかった。けれど、レンタル彼氏の話は出なかったから、細かい話はしていないみたいだった。
僕は自分でも少し顔が強張っている気がしたけれど、大丈夫ですと笑って誤魔化すしかなかった。こうなってみると、僕と茂人さんの間には全然やましい事が無いのに、レンタル彼氏で知り合ったなんて、ちょっと人聞きが悪いんだと実感した。
結局迷いながらも約束した日はあっという間にやって来て、僕はそれこそ最後に行った水族館の最寄駅に来ていた。なぜ茂人さんがこの駅を待ち合わせ場所に指定したのかは疑問だったけれど、あの時さよならを胸に秘めていた緊張とは理由の違うドキドキを感じながら、僕は改札で待っていた。
「ごめん!待った?」
あえて改札に背を向けていた僕の後ろから弾む様な声を掛けられて、僕はドクンと心臓が震えるのを感じた。やっぱり茂人さんは心臓に悪い。僕にとって精神安定剤だったはずの茂人さんが、今や僕にはヤバい薬みたいだ。
思わず顔が熱くなるのを感じながら、僕は上擦った声で首を振って言った。
「全然待ってません。僕が早く来過ぎちゃっただけですし、まだ時間じゃないですから。」
そう慌てて答える僕の顔をじっと見つめた茂人さんが、急に押し黙って余所余所しく先に立って歩き始めた。
「茂人さん…?どこに行くんですか?」
僕が茂人さんの態度に狼狽えて声を掛けると、茂人さんは後ろ髪を掻いてボソリと呟いた。
「楓君、それ反則。あんま可愛い反応されると、俺も手を出したくなるっていうか…。」
そんな事を言われると思っていなかった僕は、馬鹿みたいにきっと赤い顔になってるんだろう。フリーズしてしまった僕に、茂人さんは苦笑して言った。
「ごめん!楓君が困る様な事言うのは我慢するから。あ、今日はリベンジって事で水族館に行こう。前回さよならされちゃった苦い記憶の上書きしたいと思って、チケットも用意してあるんだ。全くもって俺の為だけど、楓君も水族館好きだよね?」
レンタル彼氏の時とは少し雰囲気が違う茂人さんに接して、きっと本来はこっちの姿が本当なんだろうと思った。
「ふふ。リベンジって、よく分からないですけど、水族館なら何度来てもいいですよね。特に僕はクラゲとペンギンが好きです。」
茂人さんは、水族館への道を選んで歩き出しながら呟いた。
「あの日、俺自分でも何処かで気が付いてたんだ。何となく楓君に言われたくない事言われる気がして。それで、言わせない様にペラペラ喋っちゃって、楓君の話聞こうとしなかった。
クラゲの水槽の青いライトに照らされて、楓君の顔や表情を食い入る様に見てたのに。結局俺は会えなくなってからしか、楓君の存在の大切さに気付けなかった。もう連絡の取りようが無くなって初めて、俺も間抜けだなって後から凄い後悔した。
…だから奇跡の様な巡り合わせで、俺と楓君が繋がっていた事を大事にしたいんだ。」
そう照れた様に言った茂人さんの目は真っ直ぐに僕を見つめていて、僕は痺れた様に目を逸らすことが出来なかった。
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