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第10話 本物の自分
僕が茂人さんに言ったのは本心だったし、一方で保険だったかもしれない。結局僕は自分に自信が無くて、茂人さんの様なハイスペックの人間に好かれ続ける自信が無かったんだ。
僕に無理して合わせた茂人さんがいつか疲れて、すっかり夢中になった僕を捨てて立ち去るかもしれないって、そんな未来予測への保険だ。きっと強張った顔をした僕に、茂人さんは首を傾げた。
「楓君の言ってることは、俺にはよく分からないよ。レンタル彼氏の時も俺は無理なんて全然してなかった。言ったかもしれないけど、楓君といると、俺の中の優しい部分が前面に出てくるんだよ。
俺自分でももっと捻くれた性格だと思ってたから、ちょっと嬉しい驚きだったんだけど。…それとも楓君は俺の前で無理してるって事?拓也、立花の前より?」
僕は目をすがめた茂人さんにそう尋ねられてハッとした。何で急に立花さんが出てきたのか分からなかったけれど、僕は茂人さんの前で自分を曝け出せないでいるんだろうか。僕が戸惑って黙り込んでいると、茂人さんは苦笑して言った。
「…ごめん。こんな責めるような言い方して。今まで俺の前で楓君がリラックスしてくれていたと思ったのは、俺の思い込みだった?…少なくとも今の楓君は、俺の無茶振りに振り回されて強張った顔してる。でも俺のせいで楓君がふわふわしてるの見るのはちょっと嬉しいかも。はは、俺ってヤバいやつだ。」
そう言ってふざけて僕のほっぺたを突っついた。確かに茂人さんは、以前こんな子供っぽい事はしなかったと思った。前よりは茂人さんは素を出してくれてるんだろうか。少しだけ口元が自然にやけてくると、茂人さんは困った顔をして耳元で呟いた。
「…だからそれ反則だって。楓君の可愛い顔見ると、さっきみたいに手を出したくなっちゃうからさ?」
一気に顔が熱くなって、僕は思わず唇を指で押さえた。そんな僕の指をサッと掴んで、茂人さんは自分の手の中で指をなぞった。
「ほんと、いちいち可愛いんだから。参った。本当に参ったよ。こんなに俺の事ドキドキさせるとか、楓君って実はやり手なのかな。」
そんな茂人さんの軽口に思わず笑って、僕はさっきのモヤモヤが段々薄まっていく気がした。茂人さんの言う通り、無理はしていないのかも。人には色々な一面がある。その時々の状況で見せる姿が全てではないのかもしれない。
あの日街角で見かけた茂人さんは、僕の知る茂人さんとはまるで別人に思えたけど、今僕の前で微笑む茂人さんも本人に違いない。今僕が思ってる事をちゃんと伝える事が出来る時点で、僕と茂人さんの関係はゆっくりとだけど変化しているのかもしれない。
モヤモヤが晴れてくるのと同時に、横を歩く茂人さんとのこれからが妙に気になってきた。そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、茂人さんはお土産売り場で、20cmぐらいのペンギンのぬいぐるみを手にして僕に見せて言った。
「これ可愛いすぎ。楓君みたいだから連れ帰ろうかな。」
そう言って僕に笑いかけた。僕はドキドキしながら手元の青いクラゲのぬいぐるみを手にすると茂人さんに見せながら言った。
「これ、茂人さんみたいだから、僕の部屋に置きます。」
茂人さんは眉を顰めて俺のどこら辺がクラゲなの?って妙に真剣に尋ねてくるから、僕は思い切って言った。
「…僕の好きなものだから似てます。」
ちょっと唖然とした茂人さんの顔が僕を見つめるから、僕は馬鹿な事を言ってしまった、茂人さんみたいにスマートに上手いこと言えないと動揺して、顔を背けて呟いた。
「…何でもないです。」
途端に茂人さんが、僕に肩を組んできて顔を寄せて囁いた。
「ほんとに、どうしてくれようか。この子は全く!」
そう言って声は笑っているのに、目は笑ってなかった。熱を感じる茂人さんの瞳に僕はゴクリと喉を鳴らした。ああ、もういっそ何も考えられなくして欲しい。こんな気持ちになったのは人生で初めてすぎて、僕にはどうしていいかも分からないんだから。
不意に茂人さんが、僕の手からクラゲを抜き取ると、今日付き合ってくれたお礼だと言いながら会計に向かってしまった。僕はスタイルの良い茂人さんの後ろ姿を見ながら、さっきの僕の渾身の意思表示をどう感じたのかなと、胸の鼓動を速くしていた。
ああ、僕茂人さんが好きだ。二度と会わないなんて、どうしてそんな決心がついたのか今となっては信じられない。あのまま茂人さんと縁が繋がらなかったら、僕はこんなにも大事な気持ちを、うじうじと後悔しながら過ごしたに違いなかった。実際この二カ月間そうだったのだから。
お店の外で待っていた僕に、お土産袋を手渡して、茂人さんは言った。
「はい、クラゲ。俺だと思って可愛がってくれるんだろう?」
僕は顔が熱くなるのを感じながらお礼を言うと、袋を受け取った。けれど、茂人さんは袋から手を離さずに、見上げた僕の顔を食い入るように見詰めて囁いた。
「…ね、うぬぼれても良い?3回会ってから返事が欲しいって言ったのは俺だけど、もしかしたらもう答え出たとかあるかな。」
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