11 / 27
第11話 水の中のペンギン
「んっ…。」
茂人さんのマンションの部屋の扉の裏側で、さっきから僕たちは一歩も進めていなかった。茂人さんの舌が、僕の唇や口の中で切羽詰まった様に蠢くから、僕は息も絶え絶えだった。
好きな人の熱を感じると、こんな感覚になるのかと、僕は崩れ落ちそうな身体を必死で保っていた。不意に離された唇が濡れているのを自覚して、僕は経験のないこの状況に戸惑った。
「…ごめん。いきなりこんな追い立てる様な事して。ゆっくり進めようと思ってたんだ。でも、嬉しくてガッついた。」
そう赤らんだ顔で苦笑して、茂人さんは玄関の反対側の壁に寄り掛かった。僕はさっきまでの、我を失っていた自分の顔を見つめられたく無くて俯いたけれど、それは得策じゃ無かったかもしれない。
明らかに兆している茂人さんの下半身が目に入って、僕はドキドキが酷くなってハッと顔を上げた。茂人さんは苦笑すると、おもむろに屈んで僕の靴を脱がしてくれた。それから僕の手を繋いで、先に立ってリビングへと歩き出しながら言った。
「楓君は、多分男が好きな訳じゃないだろう?だからゆっくり行こう。こういう事は無理してもいい結果にならないから。」
そう言いながらソファへと連れていくと、一緒に座って僕の顔を見つめながら話しだした。
「俺、大事にしたいんだ楓君の事。楓君がさっき水族館で俺のこと好きだって言ってくれて、正直舞い上がってる。だからって楓君を押し倒すのは違うって分かってるから。
まして男同士だと色々大変だから、気持ちも、身体も、ちゃんと楓君の準備が出来てからにしたいと思ってる。楓君はどうしたい?大事な事だからちゃんと言って欲しい。」
そう言って真っ直ぐ僕を見つめる茂人さんの眼差しが真剣で、僕は恥ずかしがらないで言うべきなんだって分かった。
「僕、僕は茂人さんとキスすると、凄く気持ち良くて、それに嬉しいし、ドキドキします。経験がないから、比較できるものがないですけど。でもゆっくりって言われて、ちょっとホッとしたって言うか。もう、いっぱいいっぱい過ぎて。」
僕は言いながら感情的になってしまって、声が震えた。そんな僕を胸にそっと抱き寄せてくれた茂人さんは、酷く優しい声で言った。
「うん。俺もこんなの急展開だよ。でも楓君が気持ちを返してくれて、すっげぇ嬉しい。舞い上がってる。だから本当は部屋になんか連れ込んじゃダメだったかもね。もうずっとキスしたいから。」
そんな事言われたら、僕だってさっきの甘いキスを繰り返したくなった。僕は男だとか、女だとかそれ以前に、茂人さんだからキスしたいんだって思ったし、こうやってくっついて居ると、何だかホッとした。
無意識に茂人さんの首筋に鼻筋を触れていたみたいで、茂人さんがクスクス笑って言った。
「なんか楓君て、猫ちゃんみたいだね。甘えるの上手。…もっと甘やかしてあげようか?」
少し掠れた声で茂人さんに言われて、僕は誘われる様に顔を上げた。僕が拒絶出来るくらい時間を掛けて落ちてきた唇は、柔らかくて甘く感じた。
啄む様に軽いキスが何度も触れては離れて、焦らす様に押し付けられては遠ざかった。僕は茂人さんの背中に手を回して抱きつきながら、もっと唇をくっ付けていたいと思った。…そうじゃない。もっと唇の中に茂人さんが欲しいと思った。
重く重なった瞼を開けると、茂人さんが同じように僕を見つめていた。
「…可愛い。楓君、本当にかわいい。」
可愛いなんて言われて喜ぶのはアレかもしれないけど、正直言って嬉しくてドキドキした。もっと可愛がられたくて、僕は茂人さんに囁いた。
「茂人さん、もっとえっちなキス…して。」
途端に甘いだけだった茂人さんの空気がガラッと変わって、情欲を滲ませた眼差しで僕を見つめた。
「…楓君ってやっぱり天然なのかな。やっと鎮めたのに、燃料投下してくるから。でも嬉しい。えっちなキスは怖がるかと思って控えたんだけど、正直したかったから。」
そう言って少し意地悪そうに微笑むと、僕に噛み付く様に唇を押し付けた。茂人さんの唇に僕の隙間をこじ開けられて、いたずらに引っ張られて、甘噛みされた。僕が思わずドキドキし過ぎてため息をつくと、その空いた隙間から茂人さんの尖った舌がそろりと入って来た。
唇の内側をゆっくりなぞられて、そのぬるついた感触に僕はもっと貪欲になった。自分からも差し出した舌が触れ合うと、吸いつかれて、絡み合って、顎上をじっくりとなぞられて、もう馬鹿みたいに感じてしまった。
耳に響く水っぽいいやらしい音と、喘ぐ様な声が聞こえて、それが自分で出してるものだって気づくと、ますます興奮してしまった。キスがこんなにえっちな事だなんて、全然分かってなかったんだ。
息も絶え絶えになってぐったりした僕が、茂人さんに抱き込まれて寄り掛かると、茂人さんは掠れた声で言った。
「楓君がこんなに感じやすいと、止まるの難しいね。楓君とのキス、甘くてやめられない…。」
僕は温かい茂人さんの体温に包まれて、水族館で見たロケットの様に泳ぐペンギンを思い出していた。ズキズキする高まった身体が、まるでペンギンの様に勢いよく茂人さんとの恋に走り出した事を教えてくれた。
ともだちにシェアしよう!

