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第12話 恋愛初心者

 「何か機嫌良いね、森君。」  そう、バイト先の仲間に言われて、僕はモゴモゴと口ごもりながらそんな事ないですと答えた。機嫌良いどころか、多分舞い上がってる。いや、浮かれてる?  先日のあの衝撃的な水族館デートから、僕に恋人が出来た。恋人の定義が彼氏彼女ならばだけど。僕はふと顔を上げて、休憩室でコーヒーを飲んでいるフジョシと呼ばれた笹川さんに尋ねた。 「笹川さん、恋人って彼氏彼女とはニュアンスが違いますけど、実際も違うんですか?」  僕がそう言うと、リーダーの立花さんと同じ、大学4年生の笹川さんはニヤリと笑って言った。 「なになに~?楽しそうな話振ってくるじゃない。よしよし、お姉さんが教えてあげましょう。私的には違うわね。彼氏彼女は、ほら高校生が手を繋いでいかにもな爽やか交際してるじゃない?あの形態と、同棲してる様なイチャイチャカップル、全部ひっくるめてる感じよね。  でも恋人って言うと、爽やか交際は含まれずって感じかな。いわば朝チュンしてる様なカップルなら恋人の定義に入ると思うけど。あ、セフレは含まないからね。あくまでも両思いの場合。」 「お、楽しそうな話してるじゃん。」  疲れた顔で休憩室に入って来たのは、立花さんだった。笹川さんは時計を見て、コーヒーカップを片付けると、慌てて店に戻って行った。 「お疲れ様です。立花さん。」  コーヒーをカップに注ぎ込みながら、立花さんは僕に言った。 「やっと人波が切れたよ。ここ駅前でもないのに客多くね?それより笹川ちゃんと楽しそうな話してたね。ほら、俺の方がもっと際どい事聞けるだろ?何でも聞いてよ。」  僕はニヤニヤした立花さんをジト目で見つめて言った。 「完全に面白がってますよね、立花さん。…ま、良いですけど。立花さんの考える彼氏彼女と、恋人の定義の違いは何ですか。」  すると片眉を上げてウィンクして言った。 「そーだな。俺は今まで恋人は居ないけど、彼女は居た。それが答えかな。」  僕は首を傾げて呟いた。 「笹川さんは、その、両思いで朝チュンしてたら恋人だって言ってました。立花さんはそんな状況が無かったとは思えないですけど。」  すると立花さんは美味しそうにコーヒーを飲んで言った。 「恋人って言うと、全てに優先する感じするじゃん?友達付き合いとかよりもって。俺の場合、彼女の事は好きだけどさ、第一優先かって言われたら、そうでもない訳。このままずっと付き合ってくのかって、そこまでの気持ちも無い気がするし。だから彼女。もう好きで好きで堪らないとか、一緒に暮らしたいとか、そう思える相手が出来たら恋人って呼ぶと思うよ。」  僕は飲み終わったコーヒーカップをテーブルに置いて呟いた。 「彼女もそう思ってるんでしょうか。」  すると立花さんは頭を掻いて言った。 「正直言うと、相手の気持ちは分かんないよね。俺の別れる原因が全部それだから。俺の気持ちが分かんないだって。俺はさ、ただ楽しい時間を過ごしたいだけなのに、それだけじゃダメみたいでさ。俺のこの軽い気持ちが多分透けて見えちゃうんだろうね。でもしょうがなくない?彼女たちの事好きだけどさ、どうやったら夢中になるのかな。」  僕は苦笑して立ち上がった。 「恋愛経験値の低い僕に言われても、何のアドバイスも出来ませんよ。…僕は多分夢中になれる人としか付き合えないから。立花さんは、彼女さんに会ったらドキドキしますか?」  僕を目で追って居た立花さんは、少し考え込んで言った。 「ドキドキ。ドキドキ?うーん。イチャイチャする時はドキドキするけどな。身体が脈打つから。可愛いなとは思うけどね。ちょっと犬猫に感じるのと似てるかも。そっか、俺は歴代彼女たちの事、そこまで好きじゃ無かったのかな。ピュアな森君と話してると勉強になるわ。」  そう言って、何か言いたげに僕を見た。これ以上色々突っ込まれたら不味いと思った僕は、少し早かったけれどフロアに戻った。僕と茂人さんは、笹川さんの定義でも、立花さんの定義でも彼氏なんだ。  これから恋人に昇格する事は有るんだろうか。僕がそう思っていても、茂人さんも同じような気持ちになるのかなんて分からない。あんなにこなれた立花さんでさえ、本物の恋を見つけられないでいるみたいだし。  茂人さんと立花さんが友達なら、茂人さんも犬猫の様に僕を可愛いと思ってキスしたりして、好きだって言ったのかな。僕はそこまで考えてハッとして顔を上げた。  そう言えば何度も可愛いって言われた気がする。僕は、あの時の嬉しさがみるみる萎んでいくのが分かった。茂人さんが僕の事を軽い気持ちで付き合おうと思っているのなら、僕の恋は前途多難なんじゃないかな。だって、僕は胸が締め付けられる様な気持ちを、茂人さんに感じているんだから。  僕はさっきまで浮かれ切っていた気持ちに苦笑いすると、入って来たお客さんにさっきより落ちたトーンで声を掛けた。そんな僕を笹川さんが気にして見た事には気づかなかったけど。

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