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叔母さんと炊飯器ケーキ
長旅に気力も体力も使いきってしまったらしく、湊人に部屋に案内されたあと、すっかり寝込んでしまっていた。
目覚めたときにはすでにあたりも暗く、ダイニングの方からにぎやかな声が聞こえてきていた。
おそるおそる、声のするほうに向かうと、湊人と、叔母さん叔父さん夫婦が談笑していた。
「あ、瑠璃起きた?」
瑠璃の姿に気づいた湊人がそういうと叔母の春野ひなたは瑠璃に駆け寄って抱きしめた。
「瑠璃~♡いらっしゃーい!よく来たね、遠かったでしょ、つかれたよね、お腹はすいてる?叔母さんご飯たくさん作ってきたのよ!」
「ほら、ひなたさん、瑠璃君がびっくりしちゃってるから離してあげよう。」
穏やかな声で止めるのは叔母さんの旦那さんの洋輔叔父さんだ。湊人は、顔こそ叔母さんにそっくりだが、その栗色の少しウェーブがかかりくるくるとしている髪や、高くてがっしりした体つきといった面に関しては叔父さんの血を受け継いだらしい。身長は私に似なくて心底よかったわ!と低身長がコンプレックスだったらしい叔母さんが以前話していた。
「そうだよ母さん、そんなに一気にまくしたてたら瑠璃が答える暇もない。」
「あらやだごめん、あんまり嬉しいものだったからついテンション上がっちゃったわ。」
家族の会話を聞いていると、湊人は話し方は父親似、素直に感情を話すのは母親似なのだと感じてほほえましくなった。
「瑠璃、お腹はすいてる?母さんがカレーを作って持ってきてくれたから、食べられる分だけでいいから食べない?」
手招きされて湊君の横に座ると、叔母さんがカレーをよそってくれた。
「じゃじゃーん、牛筋カレーです!叔母さんの愛情がたっぷり入ってます。」
「叔父さんも牛筋を煮るの手伝ったんだよ。」
いただきます、と隣で湊人が言いながら食べ出す。同じように手を合わせいただきます、と小さくつぶやく。いただきますを言ったのもいつぶりだろう。学校の給食で言ったきりかもしれない。
カレーにスプーンを入れると、すぐに牛筋の塊がごろごろと出てくる。
「牛筋カレーの具材は牛筋と玉ねぎだけ!たまねぎもくたくたになるまで炒めてるからほぼ姿なし。これお母さんのこだわりね!」
叔母さんが熱弁するのを聞きながら、ひとさじ口へと運ぶ。
「おいしい……!」
「でしょ!でしょでしょでしょ!」
「お肉が固くなくて、口に入れたらほろほろってほどけるように崩れて、すごくおいしいです!」
「牛筋だけ圧力鍋でじっくり煮込んだんだよ。丁寧に灰汁も取ってるから臭みもないでしょ?叔父さんが面倒見たんだよ。」
洋輔叔父さんも嬉しそうににこにこと笑う。
「ルーは市販のものを使っちゃうから簡単なんだけど、その分シンプルな具材をじっくり使ってあげたらおいしく作れるのよ。」
「……瑠璃、こっちも食べて。」
お皿に盛ったポテトサラダを湊人が差し出してくる。
ひと口パクっと口に運ぶと、今度はごろごろとたくさんの具が溢れてくる。
チーズ、きゅうり、ニンジン、ゆでたまご。大きめに切られたそれらは、おおらかな味がして、こちらもおいしい。
「具材がいっぱいで、でも優しい味付けで、すっごくおいしい……!」
「ポテトサラダは僕が作ったんだ。」
「レシピはお母さんのまんまじゃない。」
「27年間受け継いできた秘伝のレシピだよ。」
「歴がだいぶ浅いわ。」
にぎやかで、暖かくて、美味しい食卓。
誰かと食事をしていることさえもう何年もない。これが家族の団欒というやつなのかと思うとなんだか急にお腹がすいてきた気がして、ご飯を口に運ぶ手が進んだ。
夕食が終わると、叔母さんが炊飯器の釜を取り出した。
「じゃじゃーん!」
「これね、母さんの口癖なんだよ。」
湊人くんがくすくすと笑うのをきいて思わず瑠璃も笑顔になる。
「何よ二人して笑って。それよりほら、見て、ケーキ焼いてきたの!」
釜を除くと、黄色いケーキがそこに詰まっている。
「炊飯器ケーキ?釜ごと持ってきたの?」
そういいながら湊人が包丁と大きなお皿を持ってくる。
「だってお皿にひっくり返す瞬間はみんなで盛り上がりたいじゃない?」
「お父さんもね、家にいるときはお母さんから集合~!!!って言われるよ。」
「昔からそうだよね。」
そういいながら三人はてきぱきと慣れた手つきで準備をしていた。
そして釜の上にお皿がのせられると、視線は瑠璃へと集まった。
「さあ、瑠璃、ひっくり返して!」
叔母さんに渡され訳も分からないまま皿ごとひっくり返すが、手ごたえはなく、恐る恐るのぞいてみてもケーキは釜の底にくっついたまま剥がれ落ちてはいない。
「お皿を持って、釜を下に振るようにしてゆするんだ。そのうち落ちてくるから気を付けて。意外と手にずっしり来るよ。」
湊人に言われた通りにすると、ずしっと突然お皿の方に重みが移動した。
そのままゆっくりと釜をはずすと、きれいな茶色の、真ん丸なケーキがお目見えした。
「わあ……!」
目を丸くして思わず感嘆の声が上がる。
その様子を見ていた叔母さんが大げさに口を押える。。
「この新鮮な反応久しぶり……!息子たちの小さい頃を思い出すわ……!今じゃすっかり慣れちゃってこんなことじゃ喜んでくれなくなっちゃったもの……!」
「じゃあ瑠璃君は僕らの四人目の息子だねえ。」
叔母さんたちのそんな反応に恥ずかしくなっていると、ケーキを四等分にした湊君がそのひと切れをナプキンに包んで渡してくれる。
「はい、これ瑠璃の分。」
「湊人、四等分はちょっと豪快過ぎやしないかしら……。」
「え?こういうケーキは手で持って豪快に食べるのが良いでしょ?」
首をかしげながら湊は四等分されたうちの一切れを手に持つと食べ出した。体が大きい分、一口も大きいため、四等分でも問題ないのだろう。大きな口でパクパクと食べる姿に少しきゅんとしてしまい、慌てて顔をそらした。
それから自分のケーキをかじる。
……懐かしい味だった。
素朴なものを食べたときに、昔食べた記憶はないのに、懐かしいと思ってしまうのはなぜだろう。
ふわっと甘い香りがして、具材は入ってなくて、生地だけのシンプルなケーキ。
小さいとき、どこかで食べたことがあるような、お母さんを思い出すような、そんな味。
あるはずのない、もしくは自分がなくしてしまった記憶の残像を見た気がして、思わずポロリ、と涙がこぼれる。
「おいしい……おいしいです……っ!」
一度溢れてしまった何らかの感情は止められなくて。堰を切ったように泣きながら、どうしたらいいかわからなくて、美味しい、美味しいと繰り返しながらケーキを食べた。
「うんうん、おいしいね。」
穏やかに湊人がほほ笑んだ。
そんな二人の様子を見ながら、
「案外いいコンビかもしれないわね。」
「そうかもね。」
と耳打ちしつつ、夫婦は息子たちを見守ることを心に決めた。
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『叔母さんの炊飯器ケーキ』
材料:
□ホットケーキミックス(100g)
□卵(2個)
□牛乳(80㏄)
□砂糖(50g)
□バター(80g)
作り方:
①バターは常温に戻しておく。
②バターに溶き卵を徐々に加えて混ぜる。良く混ざったら、砂糖、牛乳の順に加えて混ぜる。
③ホットケーキミックスを三回ほどに分けて加えながら混ぜる。だまができないようにしっかりと混ぜるのがポイント。
④炊飯器の内釜に生地を流し込む。とんとんとんと上から軽く三回ほど落として空気を抜く。
⑤炊飯器にセットして通常炊飯を行う。炊きあがってすぐには出さず、30分ほど保温状態で置く。
⑥家の人を全員集合させてひっくり返す。手づかみで食べるのがおいしさのこだわり。
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