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最終話

 水のポンプがぽこぽこと音をたてるのを初めて聞いた。柔らかい音は耳に心地よい。  素肌にシーツをまとい、食い入るように水槽を眺めた。水草の揺らぎから魚の表情のきらめきを逃さないよう観察していると隣で寝転んでいる榊が笑った。  「本当に魚が好きだね」  「見てると落ち着きます」  「水槽一個あげようか?」  魅力的な提案だったが、首を振る。  「自分で飼ったらここに来る理由がなくなっちゃうじゃないですか」  榊は目をぱちくりとさせた。意味を咀嚼するのに数秒かかり、途端に頬を真っ赤にさせる。  「確かに笹岡くんの言う通りだね」  「なんですか、その言い方」  「素直な笹岡くんは可愛くてやばいって話」  「いまそんな話じゃなかったですよね」  「そんな話だったよ」  そうかと繰り返しながら榊も隣で水槽を眺め始めた。余裕がある榊の素振りに翻弄されっぱなしで癪に障る。  でも素直になった分、無駄に悩まなくてよくなった。それが新たな発見だ。  「でももっと大きいところで見たいな。折角休日だし水族館行こうか」  「はい」   「でも」  榊はじろじろと見てくるので首を傾げた。昨日はあのまま何度も求め合い、その名残が身体に残っている。  慌ててシーツを引っ張って隠そうとしたがやはり手遅れだったらしい。  「やっぱりもう一回」  「それ数時間前も聞きました」  「だって笹岡くんが可愛いのが悪い」  「……意味わかんない」  頬がかっと熱くなる。  一度だけキスをすると榊は「冗談だよ」と笑ってベッドを降りた。  「行こうか」  「はい」  本音を言えばまだ身体はダルいし寝ていたかったが、水族館という単語だけで背筋が伸びる。  着替えて外に出ると日差しの眩しさに目を細めた。  恋をすると世界が一段ときらめいて見えるのだ。

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