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「初めての。」前編
※本編5話の少し後(付き合い始めて一ヵ月半後くらい)の話です。夕視点です。
好きな人に体を触られるのは気持ちが良い。抱きしめられながら落ちる眠りは心地よい。彼の心臓の音が、肌の熱さと柔らかさが、俺の体に知らなかった事を教えてくれた。けれど、その幸福の情報量は膨大かつ複雑で俺の頭はパンクしかけていたのだった。
再来週にはクリスマスがやってくる。サンタさんからクリスマスプレゼントをもらえる時期はとうに過ぎ、いつの間にかクリスマスがどうでもいい日になって幾年が経った。
でも今年は違った。陽也さんが行きたがって12月に入るとすぐにクリスマスマーケットやらイルミネーションを見に行った。人が多くてうんざりしたが、一生縁がないと思っていた場所にこれまた一生縁がないと思っていた恋人と呼べる人と来れたという事に少し感動した。
クリスマス当日はケーキとチキンとワインを用意してパーティーをしようだなんて浮かれた計画も立てていた。そこまでは単純に楽しかったのだが、ある日、『クリスマスプレゼントは何もいらないから、夕くんと最後までしてみたいなー』などと冗談めかして言われてしまい俺はひどく困惑していた。
陽也さんと付き合い始めて1ヶ月は経ったが、陽也さんは想像以上に自分を求めてくる。
恥ずかしいような求められて嬉しいような、好奇心でその先が見てみたいような、でもやっぱりセックスがしたいのかしたくないのかピンと来なくて、俺は来るクリスマスを心から浮き浮きできず、なんとも言葉にし難い感情を抱えながら日々を過ごしていた。
とはいえ、陽也さんには会いたくて暇さえあれば陽也さんの家に通っていたし泊まっていた。
陽也さんの家に泊まらせてもらった日は体を触り合いながら眠る、という事が恒常化していた。陽也さんは明け透けに性欲を見せてはくるものの、無理矢理迫るような事はしてこなくて未だ性行為といえるような事はしていない。
陽也さんの家に来るとよく一緒に映画を見た。つまらないと話題の映画も、面白いと話題の映画も配信サイトで片っ端から見ていた。見ながら寝落ちてしまうことも多かった。こういうのが幸せというやつなんだろうかと思っていた。
が、この日は見た映画が良くなかった。
いや、内容は面白かったのだが、妙に濡れ場の多い映画だった。今時あまり珍しくもないが男同士のそういうシーンもあった。俺は内心かなり気まずくなっていたのだが、陽也さんはやばいとかエロいとか笑い飛ばしているだけだったので俺も気にしないふうを装った。
映画が終わり単調なスタッフロールが流れる。陽也さんに背後から抱きしめられながら布団の中でごろごろしていると、いつものように陽也さんの手が俺の服の中に入り込んできた。冬でも指先まで温かい陽也さんの手はいつも俺をうとうとさせる。体温の高い陽也さんは湯たんぽみたいだった。
最初はいつものようにお腹とか腕とかをさする様に撫でていただけだったのだが、次第に妙にいやらしい手つきで俺の体を弄り始めた。陽也さんの指が俺の耳や唇や首筋をなぞったりくすぐるように動いた。陽也さんは映画のせいか、性欲のスイッチが思い切り入っていたらしい。
「んん…」
くすぐったさに変な声が出てしまい、俺は思わず口元を押さえた。だけどその手を優しく外されると代わりに陽也さんの中指が俺の口に入ってきた。
驚いたが噛むわけにいかなくて、しばらく指を自由にさせる。陽也さんは俺の舌を指で撫でたりつついたりする。口の中なので俺の舌は逃げ場がない。正直何をしているのかよく分からなかったが、後から思い返した時にあれは指フェラだったんじゃないかと思い至った。
ふやけそうなほど指を舐めさせて、陽也さんは満足したのかちゅぽっと抜いた。俺は汚くないのかな…とロマンティックとは程遠いことを考えていた。
「陽也さん?」
自由になった口で呼びかけたが、陽也さんは何も言わない。唾液で濡れた指で胸の辺りを弄られる。俺がいつもと違う陽也さんの手の動きに困惑していると急に乳首をキュッとつねられた。
「!?」
今までそんなことされなかったので驚いて固まってしまった。
だんだん陽也さんの息が荒くなっていく。耳にキスをされたり、乳首を擦るように触られたり摘まれたりする。
「はるやさん!?」
俺は我慢できずに首を曲げて陽也さんの顔を見た。
「ね……下着も脱がしていい?」
陽也さんの目つきがいつもと違う。なんというか酒に酔っているような恍惚とした顔していた。熱っぽくて粘度が高い視線にぞわっと恐怖を感じ、言葉に詰まってしまった。
「え、」
「ダメ?」
ダメじゃない、ダメじゃないけど何する気!?と聞きたい。けど聞けない。いや、することなんて一つに決まっているけど、と俺がパニックになって何も言えずにいると、いいと思ったのかスルッと下着の中に手が入り込んできた。
「!!」
最初に触られたのはお尻の方だった。するすると撫で回される。俺は拒否することもできずにただただ固まっていた。
「……」
そのうち、ちゅ、とうなじに長いキスをされた。この時は分からなかったがキスマークをつけていたようだった。ぶわっと全身が泡立つ。抵抗するべきなのか、それとも受け入れるべきなのか、気持ち良いのか嫌なのかもよく分からなかった。
「ひあ!!」
突然、下着の上から自分のものを触られて俺は素っ頓狂な声を出してしまった。
「そこはまだ無理ですっ」
俺は咄嗟に陽也さんの手を掴んで拒否ってしまった。
「え、えぇ〜〜〜…」
ひどく残念そうな声を出された。怒られるんじゃないかと思い怖くなる。
「す、すみません…」
なんだかちょっと触られたくらいで必死に拒んでいる自分が恥ずかしくなる。自分でも何が嫌か分からない。分からないけど体と頭がまだ無理!と叫んでいる。
「い、いや!?いいよ!!大丈夫!」
陽也さんが取り繕ったように言う。
「……」
陽也さんを見るとさっきのような酩酊したような顔ではなく、いつもののほほんとした顔に戻っていたのでホッとした。
「ご、ごめんね、怖かった?」
こっちが申し訳なくなるくらい陽也さんはおろおろする。だけどあまりにも経験が足りない俺は陽也さんをフォローする言葉を持ち合わせてはなかった。
「…ちょっと」
俺はなんだか泣きたくなってきた。情けないような恥ずかしいような、自分は幼稚すぎるかもしれないという不安感。とあくまで優しくしてくれる陽也さんへの安心感で感情がぐちゃぐちゃになっていく。
「すみません…」
俺は機嫌を損ねたくなくて謝ることしかできなかった。
「謝らなくていいよ。俺こそごめんね。大丈夫だよ。ちゃんと待つからね」
陽也さんは頭をぽんぽんとしてぎゅうと抱きしめてくれた。今度は安心して泣きたくなってきた。陽也さんは優しい。俺のこと大事にしてくれてると思う。
それでも、やっぱり俺には陽也さんの求め方は性急で困惑させられてしまう。だけど、これが普通の男の普通の性欲なのかもしれない。むしろ男のくせに、しかも男同士で付き合っているのにエロい事を拒んでいる俺の方がイレギュラーなのだと、この辺りからなんとなく察してきていた。
(いつか体も結ばれる事ができたら陽也さん喜んでくれるのかな…)
その日はそれ以上何もされることなく眠りについた。
待つからね、と言ってはくれたが陽也さんが今か今かと俺の許可を待ち侘びているのをひしひしと感じるようになってしまった。会うたびにものすごい圧を感じる。
するからにはやはり、あれを後ろにいれるという事なんだろうか。俺がされる側なのか?それともする側?
とか色々考えたりイメージしてみたりもした。しかし正直どっちもピンとこないのだ。かと言って女の子と、っていうのはもっとピンとこない。女の子を触りたいと思ったことがまるでない。触られたいと思ったこともない。
だけど、陽也さんになら触れたいし触れられていたいと思う。でもそれだけなのだ。別に一緒に性的な快感を得たいとか陽也さんのいやらしいところを見たいとか見て欲しいとかもない。
興味はあるけど、それは性欲よりも知識欲に近かった。実際、自分がセックスしたいかと問われると首を傾げてしまう。
昔からいまいち性的なものへの関心が低かった。男の人の方が好きかもしれないと自覚し出してから、この性的なものへの興味の薄さは異性に興味がないからだと思っていたが、同性相手でも同じらしい。
とはいえ、これ以上、陽也さんを放置するのはなんだか可哀想というか申し訳ない気持ちがあって少しくらいなら…?と思うようになってきた。
相変わらず会うたびに体に触れられたが、陽也さんは先日の件以来、絶対に性的な部分には触らなかった。でも俺がもっと先に行っていいよと許可するのを毎回期待して触ってるのは分かる。
陽也さんは別にエロいことができなくても機嫌を悪くしたり態度を変えたりなんかしなかったが、俺が体を許さないせいで露骨にがっかりしているのは伝わってくる。
できるところまでは、してみようか…?そんな想いが浮かんでは消えた。
クリスマスまで1週間を切る頃合いになって陽也さんは、
「ねぇ、クリスマスには最後までしてみていい?」
と再び俺に尋ねてきた。いや尋ねたというより念を押しているのだろう。俺はぎくっとした。その話、なんとなく流れてしまわないかなと思い自分からは何も触れないようにしていたのだ。陽也さんは俺からのアクションを待っててくれていたのかもしれない。
「あ、えっ、えっと、クリスマス…」
今、俺は陽也さんに布団の中で抱きしめられてて逃げ場がない。何か返事をしないと、と焦るが上手く言葉が出てこない。当たり前だ。何を言いたいかも分からないのだ。
陽也さんはひどく真面目な顔と声で
「大事にする。優しくする」
と言って俺の頭にキスをしてくる。
「セックスのことじゃないよ。夕くんのこと、ずっと大切にするから」
「……」
陽也さんのふんわりした声と言葉が体温みたいに俺を包む。
「なんで…」
そんなに俺の事好きでいてくれるんですか?と聞きたかったけど言葉が出てこなかった。
「なんで?好きな人とやりたいって普通じゃない?」
そういう事を聞きたかったんじゃないけど、上手く訂正できなくて口籠る。
「大丈夫、絶対痛い思いとかさせないから」
「嫌だったらすぐやめるし」
「もっと夕くんと繋がりたい…」
「すき、すき、夕くん可愛い」
とか色々言いながら陽也さんは色々な場所に触れたりキスをしてくる。一応性的な部分は触らずに避けてくれたが、それでも俺なんかに欲情しまくっているのが嫌というほど伝わるような触れ方だった。俺は陽也さんの掌や唇にも翻弄されたが、それ以上に甘い声で甘い言葉を吐くほど言われて頭が爆発しそうになっていた。
こんなにも人に好き好きと言われた経験が俺にはない。こんなに無償で優しくしてくれる人も、こんなに幸せそうに俺なんかを触ってくれる人も陽也さんが初めてだ。
俺には正直男として以前に人間としての魅力が薄いと思う。俺は俺のことがそんなに好きじゃない。陽也さんみたいに明るくて優しくて素敵な人が俺を好きな理由が分からない。
そんな人が俺のこと好きだと言う。大切にするという。こんなこと初めてだから余計に心を動かされたのもあるけれど、俺は陽也さんを人として尊敬してたし憧れのようなものを抱いていた。人間としてとても好きになっていたのだ。そんな人からこんなふうに求められたら誰だって悪い気なんかしないだろう。
だけど、陽也さんの愛情を受け止めるのは、もう俺の器では小さすぎた。俺は俺の器を無理にでも拡張するしかなかった。陽也さんの愛情を溢さずに受け止めて自分の心に留めておきたかった。
「あの..前..触るくらいならいいですよ」
俺は意を決して言ってみた。
「え!!いいの!!」
想像以上にはしゃいだ声を出されて、早まったかなという気持ちが強くなる。なんだか最後まで襲われてしまいそうで怖いのだ。
「う、あ、はい..」
俺は日和った声を出したが陽也さんはお構いなしだった。
「じゃ、じゃあ、触るね。痛かったり嫌だったら言って」
そう言うや否や陽也さんは即下着に手を突っ込んできて俺の性器を握った。
「わっ!」
俺はびっくりして体をびくつかせてしまった。こんなダイレクトに握ってくるとは思わなかった。
「痛かった!?」
陽也さんは俺の反応に驚いてすぐに手を離してくれた。
「痛くないです。びっくりして」
「ねぇ、あんまり自分でもしないの?」
今度は下着の上からさするように触れる。
「しないわけじゃないけど…でも人に触られるの初めてだから」
俺は初めて他人に自分の性器を触れられる体験をして軽くパニックを起こしていた。
「夕くんって刺激に弱いのかもね」
そんなことを言われても今は知らねぇよ!という気持ちの方が強い。
「優しく触ってあげるからね」
と言って、陽也さんはそろっと俺の下着を足から抜いた。
「あ、」
そしてさっきのような鷲掴みではなく、指先で線をなぞるように触れてきた。
「ちょっと勃ってきたね」
自分の性器を、しかも勃起していく様を他人にまじまじと見られるのが初めてで俺の頭は恥ずかしさでどうにかなりそうだった。
「あっ結構大きいんだね。形も綺麗だし…」
しかも陽也さんはそんな事をわざわざ口に出して言ってくる。
「な、なんで実況してるんですか!?」
「え、なんでって…なんでだろ…!?」
別に冗談を言ったつもりはなかったのだが、陽也さんはふふっと可笑しそうに笑う。
「あはは、真っ赤になってて可愛い」
俺はなんだか恥ずかしい気持ちとともに自分の体で遊ばれているような気がしてだんだん怒りまで湧いてきた。慣れている人なら陽也さんのこういう発言もスパイスなのだろうが、俺としては辱められているようでできれば黙っていて欲しい。
やっぱり触っていいなんて言わなきゃよかった!と若干後悔し始めていると
「ねぇ舐めてもいい?」
今にも咥えようと口の前に持ってきていた。
「へ!?えっっ!?いやです!!」
俺は咄嗟に体を横向きにしてガードした。
「えーーーーっ!」
「だってたっちゃてるよ?出したいでしょ?」
陽也さんは膝を掴んで足を開かせようとしてくる
「ほっとけば収まるしいいです」
俺は意地でも足を開かなかった。
「で、でも俺もこんなんなってるし!」
と言うと陽也さんは自分の下着をずらして、自分のものを見せてきた。俺は勃起している他人のそこを生で見るのが初めてで絶句した。
「〜〜〜!!」
陽也さんのそこは、想像以上に大きくてしっかりそそり立っていた。色も綺麗で決して汚いとは思わなかったけど、なにせ刺激が強すぎた。
「や、やめてください!」
俺がそっぽを向いて本気で嫌がっていると
「ご、ごめん……」
そそくさとしまってくれた。
「じゃあ、手で抜いてあげるよ」
なおも手を伸ばしてこようとするので俺は必死に逃げた。
「やっ、やです。もう終わりにしてください…」
俺は布団の外でごみのようにまるまっていた自分の下着を発見すると素早く履いた。
「ごめんなさい…まだそこまで行くって思ってなくて……」
俺は部屋の隅に退避をする。陽也さんはあからさまにショックを受けた顔をして布団の上にペタンと座っている。
「触ってもいいってマジで触るだけ?そんな〜〜!!」
陽也さんは今まで見てきた中で1番しょんぼりとした顔をした。
(ああああ〜〜どうしよう、やっぱりもっとしてもいいですよって言った方がいいのかな!?いや、もっとしていいって何を?どこまで?どうやって?)
「すみ、すみません…すみません…」
何をどう決断して何を言うべきか全く分からず俺はただ馬鹿みたいにすみませんと繰り返す。
俺は陽也さんを今度こそ怒らせたかもしれない、幻滅させたかもしれないと思って心臓をバクバクさせていた。頭の中はすでに真っ白で何も考えられない。
俺の様子を見兼ねたのか、陽也さんはいつもの陽気な顔つきに戻っていた。
「う、うん、大丈夫大丈夫。また今度しようね」
と言って俺のことを抱きしめてくれた。
俺は自分で誘うような真似をしながら陽也さんをガッカリさせたショックで、罪悪感でよく眠れなかった。陽也さんと同じ布団に入ってると暖かくていい匂いで睡眠時間が短くてもぐっすり眠ったような充実感があったのに全然寝た気がしなかった。
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