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新社会人編①
※ハル視点です
夕の好きなところはたくさんあるけれど、とりわけ目が好きだった。夕の目は一重で綺麗な切れ長だ。いつも伏し目がちで人を寄せ付けなさそうにしているが、俺が視界に入ると夕の目は目尻がやや下がってぱっと輝く。夕にその自覚があるのかは分からないけれど、俺にだけは縋るような目線を送ってきたり、甘える時や言いにくい事を言う時には上目遣いで見上げてくる。その目がとても好きで、その目は俺だけのものだと思っていた。
夕が社会人になって3週間くらいが経った。色々迷ってはいたけれど、結局インターンに行っていた企業を夕が気に入り、なかなか変わった人揃いらしい社員の人達も夕を気に入って、去年の夏になる前には就活用のスーツを脱ぐことができていた。
入社当初、朝も弱いし、対人関係の構築も苦手な夕が企業勤めなんかできるのかと俺はハラハラしながら見守っていた。夕も慣れない社会人生活にへとへとで、帰宅後は半分意識を失いつつ風呂に入って夕飯を食べて、ばたんきゅーの毎日だったが、ここ最近は慣れてきたのか余裕が出てきたように感じる。
…………いや。慣れてきたどころじゃない。なんかもうエンジョイしているのだ。そもそも、ずっと興味のあった音楽業界に入れた夕は、ここ最近、毎日毎日こんな事があった、あんな人に出会ったと報告してくる。まだ社会人としての基礎研修をしているだけだけど、こんな活き活きしている夕を見るのは初めてというほどに夕は社会人生活を楽しんでいた。
「疲れてるけど、楽しい!俺、意外と社会人のが向いてたのかも」
「そ、そうなんだ」
という有様だ。俺はご飯を食べながら夕の会社の話を顔を引きつらせながら聞いていた。夕は瞳をきらきらさせながら、俺の様子など気にも留めずに話を進める。
「それで吉野さんって人がリーダーなんだけど、すっごい変な人で、いや仕事はできるんだけど、」
「あ、あはは」
俺はへたくそな愛想笑いをして、みそ汁が気管支に入りそうになった。
あ~~~やだなぁ~~~~~~~~~~。
夕が俺の知らない人の話してるの…。しかも他人の仕事の話ってあんま面白くないんだよなあ…。まあ一年目だと何もかも新鮮だもんね。めっちゃブラックで鬱になったり塞ぎ込んだりしなくてよかった。
そう。本当にそれは良かったのだ。良かったけれど。良かったけれど…。
(夕の良さを知ってるのは俺だけだったのにー!!)
まあ、つまるところ俺は夕の社会人生活にめちゃくちゃ嫉妬をしていて、つまらない思いをしていた。夕が俺の知らないところで楽しそうにしてるとこんなに面白くないのか。俺以外の人に可愛がられているようなのも気に食わない。夕が俺以外の人を褒めてるのもなんだか嫌だ。
元々俺はかなり嫉妬深くて独占欲の強いタイプだ。けれど、夕はあまりに交友関係が狭くて、いや狭いを通り越して無に近かったし(心配になるレベルで)、俺にべた惚れなのがありありと伝わっていたので、自分がそういう性分だったのを忘れていた。
会社に入って夕の世界は確実に広がっている。その変化に俺が追い付けない。
自分の心が狭すぎる自覚はあるのだけれど、俺だって自分の友達の話とか夕が面白くなさそうな話しないようにしてるんだけどなあ、と思うとやっぱり気持ち良く夕の話を聞いてあげられないのだ。入社当初は俺が夕のこと支えなきゃ!と張り切っていたんだけどなあ。
夕が社会人生活にシフトして以来、帰宅後は先にお風呂に入ってもらい、その間に俺が夕飯の準備していた。夕に余裕があれば夕飯の片付けをしてもらって、その間は俺が風呂に入るというルーティンになっていた。
ふらふらと半分寝ながら帰宅してくる夕を誘うことなんてできなくて、入社以来一回も性行為をしていない。土日もぐったりしているし、一人になりたそうな夕に声をかけるのは憚られたので極力放置している。
以前はエッチなことはしなくてもたびたび一緒の布団でくっついて寝ていたが、今月は一回も一緒に寝ていない。俺は深刻な夕飢饉に陥っていた。
お風呂に入ったあと夕の部屋の前を通ると、今日は電気がまだついていた。週の大半は俺がお風呂から上がると夕の部屋の電気は消えている。夜型の夕が早寝をしてしまうほど疲れているのだろう。トントンとノックをして入ると夕は布団の上でスマホを見ながらゴロゴロしていた。
「どしたの」
夕は顔だけドアに向けながら尋ねてきた。もう寝るつもりだったのだろう。
「ねぇ、ちょっとだけしない?いれないから!」
「えー、ごめん、めちゃくちゃ眠い……」
「じゃあ夕は寝てていいから!!俺のしなくていいから!!夕のだけさせて!お願い!!」
俺は両の手を合わせて頼み込んでみた。
「えぇ……」
夕はあからさまに難色を示した。俺はずかずかと夕が転がっている布団に近づく。夕は神経質なので基本的に部屋は綺麗なのだが、今月は片づけている余裕もないのか、床に物が転がっている事が増えた。金曜日には部屋が荒れている。俺は転がっている本とかペンとか洗濯に出し忘れているシャツとかを飛び越えながら夕に近寄る。
「夕不足で俺枯れちゃうよー!」
「もー……」
夕のことをぎゅーとすると、夕も俺の事を抱き返してくれた。
「ちょっとだけだよ」
「うんうん、すぐ済ませる!」
俺は夕の気が変わらないうちにスエットのズボンと下着だけ脱がせて下半身に触れた。内ももにキスをしながら優しく吸って、夕の鼠径部を撫でる。徐々に固くなっていく夕の性器を柔らかく触ると、
「ん……」
と少しだけ声を漏らして夕が身を捩った。久しぶりの夕の匂いと感触と温かさに触れて俺は興奮よりも安堵感を感じる。本当はもっと色々なところに触れて色々したい。全身で夕を感じたいけれど、今日はできるだけ早く済まさないと、と思い俺は舌を這わせた。
「…?」
夕のを優しく舌で撫でていると、突然ふにゃっと萎えてしまった。気持ち良くなかったかな?と思い夕の顔をチラッと見ると静かに目を瞑っている。天使みたいに可愛い。じゃなくて、もしかして寝てる?
「夕?」
「えっ?ごめん、俺一瞬寝てたかも」
「大丈夫?」
「大丈夫。していいよ」
と夕は言ったけれど、なかなか勃たない。夕はまた目を瞑ってる。半分寝ているのかもしれない。
「ごめん、もういいよ。心ここにあらずだし」
「え?」
俺はハッとした。なんでこんな嫌味っぽいこと。ほら、夕が困った顔してる。
「あー、違うよ!変な意味じゃなくて!ね、疲れてるんでしょ?俺、戻るね!」
俺は慌ててフォローを入れるが、夕の眉は下がったままだ。なんとなく変な空気になってしまった。
「う、うん…ごめん…気持ち良いんだけど眠くなっちゃって…」
「いいよー」
とニコっと笑って俺は夕に下着とスウェットを履かせる。
「週末はちゃんとするから」
夕は取り繕うよう言った。目は困ったままだ。わがままを言う子供をどうなだめようか、というような。
「…………」
俺は夕のこんな顔を見たかったんじゃない。こんな顔をさせたかったんじゃない。俺にだけ向けてくれる嬉しそうで楽しそうで恥ずかしそうな目が見たい。でも、なんだかもう俺のだけじゃなくなっちゃった。ような気がしてしまった。
「夕、好きだよ」
と言って、俺は夕のまぶたにキスをした。
「俺も好きだよ」
わずかにホッとしたように笑ってくれた。おやすみ、と言って俺は夕の部屋を出た。
「…………」
(またレスかよーーー!!!)
俺は階段を上りながら心の中で泣き叫んだ。
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