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「suit」
「ただいまー」
夕大は玄関のドアを開けると、持っていた大きなショッピングバッグをどさっと床に置いた。玄関を開けたらすぐキッチンがあるこの部屋は、陽也が作ったであろう夕飯の良い匂いがまだ残っていた。甘辛い醤油のような香りにホッとする。今日は外食をしたので食べられなくて残念だ。ほどなく、陽也が部屋から顔を出した。
「おかえりー。お父さんとお母さん元気だった?」
夕大は先日作ったスーツが仕上がったので取りに行っていたのだ。ついでに久しぶりに両親と会った。夏前には夕大の就職も決まり、内定式はもうすぐだ。前祝いで少し良いレストランで食事をしたらしい。
「うん、普通に元気だったよ」
「俺らのことなんか聞かれた?」
陽也は若干顔を引きつらせながら問う。どうにも夕大の母親には自分たちの関係が知られている気がするのだ。
「うーん、別に俺も何も言ってないし…今度うち連れてくれば?って言われたけど…」
「ぐわーーー!!もう絶対バレてる」
陽也は一人で床にのたうち回った。バレているのであれば、いっそ夕大の親に挨拶に行かねばと思いつつ、なかなか覚悟が決まらない。こんなフリーターが現れたらご両親を不安にさせてしまうのではないか…と思うと緊張どころか恐怖だった。そもそも陽也自身は親との仲が良くないのでオヤという属性が怖い。しかしそろそろそんな事も言ってられない。夕大が大学を卒業してしまう前にはさすがに挨拶にいかないと…と勝手にぐるぐる考えていた。
それにしても、と思う。夕大ももう大学四年生だ。出会ってから二年経った。あっという間のようなもう十年くらい一緒にいるような不思議な感覚だ。一時はレスで悩んでいたが、今は事前に予約(?)すれば応じてくれる事の方が多い。ごくたまにだが、夕大から誘ってもくれる。無論、陽也としてはもっとしたいと思ってはいるが、頑張って夕大のペースに合わせている。我慢した分気持ち良いし…と、しなくても前向きに考えることができている。陽也と夕大は変わらず平穏に暮らしていた。
夕大は靴を脱ぐと再びショッピングバッグを肩にかけて階下の自室に戻ろうとした。陽也は中に入っている夕大のスーツを想像して思わすごくりと喉を鳴らした。
「ね、ねぇ、できたスーツちょっと着てみてくれる?」
「え…?」
本当はもう風呂に入って横になりたかったが、陽也が甘えるように顔を擦り付けながらいうものだから、
「う、うん……まぁ、いいけど…」
ついつい承諾してしまった。
二人で夕大の自室に入る。食事をするのもだらだらテレビを見るのも陽也の部屋を使っているため、特別用事がないと陽也は夕大の部屋に入らない。出入りされるのも好きじゃないようで、掃除も陽也にさせることはない。そもそも、夕大の部屋は物が少なく、ハンガーラックと姿見、パソコン用のデスクと椅子、布団一式とスリムなボックス棚しかないのでいつも綺麗だ。ちなみに陽也は明らかに不要な雑貨も捨てないし、物を出しっぱなしにするのでよく夕大に注意されることが多い。久しぶりに訪れる夕大のシンプルな部屋にそわそわしながら、陽也は夕大がたどたどしくネクタイを結ぶのを微笑ましく鑑賞していた。
「どう?」
バサッと最後にジャケットを羽織って、軽く手を広げて夕大は陽也に自分の姿を見せる。チャコールグレーの二つボタンのジャケットに青地のネクタイ、白シャツという無難なものだった。だが、夕大らしくてかっこいい。
「うわ。最高」
陽也は『尊い』とでも言いたげに手を合わせた。夕大はふわっとした服よりかっちりした服の方が似合う。背が高いし腰周りは細いが肩幅があるのでスーツを着た時のシルエットが綺麗だった。
「そう?」
あまりにも陽也がキラキラした顔で見てくるものだから、夕大も悪い気がしない。
「マジめっちゃエロい」
「………」
夕大は一瞬にして顔を曇らせた。
「いや引かないでよ。俺の最上級の褒め言葉なんですけど」
「あぁ、うん…もういい?」
夕大は陽也の言い分をスルーして上着を脱いだ。
「ねぇ、夕くーん」
と陽也は妙に甘えた声を出す。
「は?」
夕大は嫌な予感がして警戒した声を出た。
「それ脱いだら俺のスーツ着てくれない?」
「え、嫌だけど」
「うーわ、即答」
「嫌でしょ、絶対変なこと考えてるもん」
「まあ、考えてるけどさ」
てへっと陽也は笑う。夕大の顔はますます険しくなった。
「お願い!!俺スーツフェチなんだもん」
ぎゅっと指を組んで陽也はお願いのポーズをする。
「そうだったの!?」
「そうだったの!!」
さくっと了承してくれない夕大に陽也は食い下がる。
「いいじゃんメイドさん着てとか言うより!」
「やらしい目で見てるならどっちもどっちだよ…」
陽也は夕大の話を聞かずにぴゅーっとどこかに行ってしまった。しばらくして新品同様のスーツを持ち出してきた。大学の入学式に使ったきりしまわれていたらしい。
「これ!!使ってないから!!汚れてもいいから!!」
「いや、汚すようなことすんの!?」
「え……。いや?」
すっとぼけたように否定をする陽也だが、あまりにきらきらと期待に満ちた顔をするので、可愛さに負けて結局着ることにした。
「着たけど」
陽也のスーツは濃いネイビーでネクタイの色は赤だった。夕大の方が背は高いものの陽也とほとんど体型が変わらないので、サイズはちょうどよかった。陽也は夕大の周りを回りながら360度しっかりと眺めた。え、なんなのこわっ…と思っていると、神妙な面持ちで
「じゃあちょっと座って」
と言う。とりあえずパソコン作業をする時の椅子に座る。
「ちょっとネクタイ緩めてみようか」
まあ、それくらいならと思いネクタイを緩める。
「ちょっとボタン外そうか…」
なんか嫌だなあと思いながら第一ボタンを外す
「ベルト、ベルトも取って…ハァハァ」
「………」
さすがに手が止まった。
「あの」
夕大は興奮状態の陽也に恐る恐る質問する。
「え?」
「何して、いや何をさせてんの?」
「いいじゃん!せっかくスーツ着てるんだから!」
「何が!?」
陽也は年上のスーツを着ている人たちとばかり付き合ってきたので、スーツに深い思い入れがあるのだ。昼間かっちりとスーツを着ている男を乱すのが堪らなく好きだった。とは言わなかった。
「お願い最後に!ネクタイで縛らせて!」
陽也の頭の中では、夜の静まりかえったオフィスでのスーツ姿の夕大を犯す淫らな妄想が高速で進行していた。もちろんそんなことは言わない。
「馬鹿なの?」
「そうなの!」
数分の説得の末、陽也は夕大を床に敷いてあるラグの上に正座で座らせた。そして、うきうきしながら夕大の後ろ手をネクタイで縛った。
夕大は陽也の熱意に負けて了承はしたものの気まずそうに視線を外している。床に座らされて縛られるのはお遊びと分かっていても羞恥心を煽られる。しかも相手は自分をエロい目で見ているわけだからなおさらだった。
「…………」
「めっちゃいい!!じゃあ撮るね」
と言って、夕大とは反対に陽也は顔を輝かせながらおもむろにスマホを取り出した。
「撮るの!?」
「撮るよ!!」
おかずにしたいもん!!とは言わなかった。
「さっきからどんどん要求がエスカレートしてるじゃん!」
「しかし飲んでくれる夕くんなのであった」
カシャっと音を立てて陽也はスマホで撮影する。
「もー…」
もういいや写真くらい。どうせ流されるならもう抵抗する方が面倒だ。と思い気が済むまで撮らせる事にした。
しかし。
カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ
「おい!!撮りすぎ!!」
「ハッ!」
陽也は我にかえったようにスマホから顔を上げた。
「もーいいでしょ。解いて」
「ごめん最後にちょっと…ちょっとだけ……」
陽也は夕大のベルトをすぱっと取っ払うとスラックスの留め具を外してファスナーに手をかけた。わずか三秒ほどでこなれた手口だった。
「うぎゃー!何してんの!」
夕大は何をされてるのか認識すると、必死に後ずさりをする。
「ちょっとチャック下ろすだけだから、これ撮らないから!!」
しかし夕大がじりじり寄ってくる。
「撮らなくてもやだ!!バカ!!」
夕大は必死に手を動かしてネクタイを解こうとするが、するりとは解けなかった。まるでガムテープでぐるぐる巻きにされているようだった
「どういう縛り方してんのこれ!」
「解けない縛り方……」
と言いながらスラックスに手をかけようと手を伸ばしてくる。
「わーーーっっ!!」
夕大はパニックになったかのように大きな声を出して、バタバタ暴れて横向きに倒れてしまった。それが却って陽也を興奮させてしまう。
「だ、大丈夫。これで終わりだから…」
何が大丈夫だ。何も大丈夫ではない。と思いながらもはや抵抗する術もなくされるがままになってしまった。
「う…うぅ…」
倒れてしまった夕大のスラックスのファスナーを手早く下げると、黒いボクサーがチラっと見えた。
「ふあーーーーーーーめっちゃ良い眺め………」
と言って今にも拝まんばかりだ。
「し、したい……」
と言って陽也は熱っぽい目をして倒れている夕大に覆いかぶさってきた。
「ちょっとーーー!!」
夕大はこうなるとなんとなく最初から分かっていた。分かっていたのに流されてしまった。陽也に対する押しの弱さを痛感する。
「夕の触っていい?」
と言いながら、陽也は夕大の股間にそっと手を伸ばす。
「ダメに決まってんでしょ!!」
夕大は足をばたつかせてその手を払いのけた。勢いあまって陽也の肩口にキックがヒットする。
「ぐわっ!なんで!?」
「逆になんで!?お風呂入ってないしやだよ!!」
あ、俺そういうの気にしないから大丈夫!と言ったら潔癖症のきらいがある夕大が発狂するなと思い、陽也はなんとか口を噤んだ。
「じゃあ、俺のしてくれたりする…?ちゃんとお風呂入ったから…だめ?」
陽也は捨てられた子犬のような目でおねだりをしてくる。陽也のこの目でお願いされるどうにも弱いのだ。可哀相で断り切れない。
「もーー!!どうすればいいの?」
結局、夕大は折れてしまった。
陽也は夕大を起こすと再び支えながら椅子に座らせた。散々暴れたせいでいい感じに頭髪やスーツが乱れている。おまけに疲れきっていて残業後のサラリーマンっぽさが陽也のフェチ心を刺激した。
遠慮なく性的な目で眺めてくる陽也に、夕大は心の中できもちわるっと毒づいた。なお、陽也の脳内では夕大と会社でエッチな事をするというシチュエーション妄想の続きが爆速進行中だった。
「じゃ、じゃあ、舐めて」
陽也は下着をずらして自分のものを取り出すと、夕大の口のあたりに持ってくる。
「う、うん」
手が使えないので舌で舐める事しかできない。とりあえず舌先を出して届く場所をちろちろ舐った。
「っ、」
陽也は責めてほしい場所を自分で持ち変えながら夕大の舌先に突き出す。夕大が一生懸命舌を動かしているのが可愛い。
「夕、少し咥えて…」
陽也は夕大が苦しくならないように気を付けながらゆっくりゆっくり飲み込ませる。夕大の咥内に飲み込まれていく光景を見ながら頭や耳をくすぐるように撫でると鼻から抜けるように声を出した。
「んぅ…むっ」
「夕、こっち見て…」
と言うと、上目遣いで見てくる。口も手も自由を拘束されて自分を見上げてくる夕大があまりにも可愛い。こんなお願い聞いてもらえるなんて。夕大の咥内は温かい。幸せでとろけてしまいそうだった。
陽也は夕大が苦しくならないように気を付けながら第二ボタン、第三ボタンと外していく。夕大の綺麗な鎖骨の筋が見え、陽也の心は高揚していく。
ああ、いいなと思う。かっちりとした服を着た夕大が乱されていく姿がたまらない。本当はその開けたシャツの隙間から手を差し込んだり、スラックスと下着を膝までずらしたりしたかった…などと思いながら、陽也は夕大の口を使って抽挿する。
「あっ、夕、出そう、出していい?」
「んっ、ん、ふ…」
夕大はこくこくと小さく頷く。陽也はわずかに体を震わせると夕大の咥内に精液を放った。
「はぁ、はっ、はっ」
夕大が水から上がったように呼吸を整える。
「ごめん、苦しかった…?」
「ううん…これ解いて…」
陽也は急いで夕大の手を縛っていたネクタイを外す。
「手、痛くない?」
「………」
夕大は下を向いたまま何も答えない。
「夕?」
夕大は無言ですくっと立ち上がると陽也の足をひっかけ畳まれている布団の上にボーンと転がした。
「え!?」
陽也が驚いているとさらに先ほどのネクタイを奪い取って、陽也の手を縛り上げた。
「やられっぱなしじゃ嫌だからハルの写真も撮るね」
と言って連射モードで縛られ転がされている陽也の写真をスマホで撮影した。
「え!?え!?」
混乱している陽也を見て、なぜかちょっと勝ち誇った顔で夕大は
「ほら!!嫌でしょ!」
と言った。だが、
「う、うーん、これはこれで…興奮するかも…」
へへっと笑う陽也を冷たい目で見下ろすと今度は陽也のスマホを無言で奪った。別に相手のスマホを見る趣味はなかったが、生活しているうちに彼のパスコードは知っていた。
「あ!ちょっと何してるの!!」
陽也の顔が今度こそ青ざめる。
「写真消してる」
「ぎゃーーー!!いやーー!!やめてーー!!」
布団の上をばたばたゴロゴロしながら抗議するが、夕大は無言でタップを続ける。
「俺しか見ないのにー!」
「でも変なことに使われたらいやだから」
「変なことって何!?」
「はい、もうこんなことしないでね」
と言ってスマホを返す。ついでに縛っていた手もほどいた。
「まあいいかあ。夕のスーツ姿なら来年毎日見れるもんね」
陽也は半分涙目になりながら、夕大がぽんぽん脱いでいくスーツを拾い上げていく。
「いや、基本はオフィスカジュアルだから毎日は着ないよ」
すっかり部屋着に着替えた夕大は冷たい声で言い放つ。
「えーーーーー!!」
陽也は持っていたスーツを床に落として頭を抱えるのだった。
おわり
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