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クリスマスの話*

※夕視点です ※コメディだと思って読んで頂けたら幸いです  寒い。お腹が空きすぎて気持ちが悪い。足も棒みたいだし、頭もふらふらする。とっくに退勤したのにいつまでも入店を知らせる音が耳にへばりついている。 「た、ただいま...」  家の扉を開けるなり俺は玄関に倒れ込んだ。フローリングの床は硬くて冷たい。 「わーっ、夕大丈夫!?」  バタバタと音がしてハルがすっ飛んできた。まるでご主人様が帰ってきた犬だ。  屈んで俺の様子を窺うハルの膝に俺はもたれかかった。冬でも下半身はパンツ一枚のハルも、さすがに寒いのか今日は肌触りの良い部屋着を着ている。温かくて気持ちが良くてそのまま頬を摺りつけた。 「……………」 「夕?」 「あ、落ちてた」  俺はハッと顔を上げた。一瞬意識を失っていた。  今日はクリスマスイブだ。俺は朝から夜遅くまでバイト先のコンビニで働きまくっていた。店長をはじめ、インフルエンザが店内で流行し、ただでさえ人手の少ないクリスマスイブの店をほとんど二人で回さなければならなかったのだ。  人手が足りず、新人の子やいつもは日中に入らない人も代わる代わる来たため、引継ぎや仕事を教える業務まで加わり、それはもう一日中パニック状態だった。おかげで体感一時間で終わったが、十二時間を超える勤務のせいでもはや屍状態だった。 「だめだよ、こんなところで寝たら。布団行こう?」  ハルが俺のことを起こしてくれる。 「うう…その前にお風呂入りたい…」 「えー…」  汚れた体で布団に入るなんて絶対に嫌だ。俺が駄々をこねるとハルは俺のことを引っ張るようにして階下の風呂場に連れていってくれた。  半分寝ながらハルに頭を洗われ浴槽に放り込まれて、ハルの部屋で髪を乾かしてもらった。ハルの温かい手が心地よい。この時点で半分寝ていたけれど、俺はハッと思い出した。 「あ、今日したいんだっけ」  記念日が大好きなハルは、クリスマスだの誕生日だの1周年記念だのに体を合わせたがる。以前は辟易していたハルの性欲だったけれど、今は応えてあげようと思う時が少し増えた。 「えっ、そんなのいいよ。明日休みでしょ。明日しよー」  と言ってハルは俺に抱きついて首の辺りに顔を埋めて来る。 「いいの?」 「うん。あ、ご飯食べる?でももう遅いね」 「もういいや。なんか適当に食べて寝る。明日、すごいご飯作ってくれるんでしょ」 「すごいかは分かんないけど、頑張るー!ちゃんと作ったことないから楽しみだなあ」  ぐりぐりと頭を押し付けてくるハルの髪を撫でながら昔の事を思い出す。去年は二人で風邪を引いて気づいたら年が明けていた。  二年前は……付き合うことになって初めてのクリスマスだった。俺の中では黒歴史であり記憶も失いかけていたが、今となればまあ笑えるくらいには昇華した。  初めてのクリスマス、ハルと初めて最後までしようとした日だ。 ――二年前―― 「あ、ま、まって陽也さん」  陽也さんと初めて過ごすクリスマスイブは朝から少し憂鬱だった。陽也さんはクリスマスが近づくにつれプレゼントは何も要らないから最後までしたい、と度々口にするようになっていた。  性欲が薄く、性的行為にいまいちピンと来てない俺は陽也さんの誘いに対してお茶を濁し続けていたのだが、陽也さんの我慢がピークに達しているのはひしひしと感じていた。  いくらなんでもこれ以上待たせるのは可哀想だったし、これ以上避け続けるのもなんだかかっこ悪いような情けないような気もして、しぶしぶ承諾した。  アルバイト先のコンビニで安くなっていたチキンとケーキを買って、クリスマス気分を味わったあとにお風呂から上がると、待ってましたとばかりに押し倒された。枕元にはコンドームの箱が置いてあるし、ローションらしき容器がなぜか数本たたずんでいた。極め付けにシーツの上にはバスタオルが敷かれていて、準備は万端という有様だった。  俺は陽也さんのあまりのやる気に完全に引いていた。そういえば今日のバイトでもコンドームを何回か売ったなあ。クリスマスだからってなぜ人はセックスするのだろう。今すぐ『クリスマス セックス なぜ』と検索窓に入力したい。キリストはこの状態に思うところはないのだろうか。自分の誕生日が人々が最もセックスする日になったらだいぶ鬱だ。 「夕くん?」  ハッと俺は我にかえった。押し倒されても無の境地にいた俺を不審そうに見つめている。 「やっぱり嫌?」  陽也さんは叱られた犬のような顔をした。  あああああ〜!このしょんぼりした目には本当に参る。陽也さんは俺が拒否っても怒ったり不機嫌になることはなかったが、心底しょぼくれた顔をするのだ。こっちが悪いことをしてしまったかのように。 「嫌じゃ、ないです」  良くもないけど。  しかし、いつまでも嫌がってはいられない。どうせやるならいつやっても一緒だ。いい加減覚悟を決めよう。どうせこの先、陽也さん以外の人から好かれることも求められることもないだろう。こんなに自分なんかを切望してくれるなら…。  俺は、ふうと一度息を吐くと真っ直ぐ陽也さんを見た。 「いいですよ、しても。最後まで」 「…………」  陽也さんの目が僅かに見開いたかと思うと、途端に瞳をうるませてきた。 (そ、そんなに…!?) 「夕くん!好きー!」 「ぶっ」  陽也さんは感極まったのか、俺をきつく抱きしめて覆いかぶさると押しつぶさんばかりにキスをしてきた。 (ひぇ……)    俺はというと、豪雨のように降り注ぐキスに若干引いていた。間違いなく過去最高にヒートアップしている。 「好き、好き、好き……」  とずっと繰り返すものだから、ついついつられて 「俺も……」  と呟いてしまった。 「俺も……何?」  陽也さんが真剣な目で見つめてくる。こんなことを拾ってくると思わなかったので焦る。 「えっ」 「俺も…何!?」  すごい、めっちゃ食いついてくる。 「いや、だから…俺も…好きですけど…」  恥ずかしくてそっぽを向いてしまった。しかし、それが逆に煽ってしまったようで、 「うわーん、かわいい!」  と叫ばれて抱きつかれた。情緒がジェットコースターである。  陽也さんはすっかりご機嫌になって満面の笑みで言い放った。 「じゃあ、後ろ洗おっか~」 「え。」    その後、一緒にやってあげるという陽也さんの気遣い(?)を断固拒否して、風呂場とトイレを往復し長時間かけてナカを洗浄するという狂気の行為をする羽目になった。  下準備(?)をしているうちにすっかり冷静になってしまって、こんなことしてまでヤりたいってすごいなあと、どこか遠い気持ちで界隈を思った。 「大丈夫だった?」  陽也さんが布団の上で背筋を伸ばして待ち構えている。見るからにそわそわしている。餌を前にした犬のようだ。 「う、あ、はい。多分」  何も大丈夫ではないし、実際大丈夫なのか分からないが、もうどうしようもない。あとは野となれ山となれだ。  陽也さんが俺の手首を優しく掴んだ。その掌がとても熱くて驚いた。そのまま引っ張られて俺は陽也さんと対面するように座る。 「………」 「………」  しばらく見つめ合ったあと、ふいに頬を触れられた。耳や頬をくすぐるように触ったり柔らかく引っ張ったりする。陽也さんの熱っぽい目が自分を見ている。いたたまれずに視線を逸らすと、顔の位置を戻すようにキスをされた。  陽也さんの息が荒い。ものすごく興奮している。そのまま服の上から体の線を確かめるように触れる。その手が自分の股間に降りてきた時、驚いて後ずさりしてしまった。  尻もちをついたような体勢になってしまったが、構わずに陽也さんは膝を割るように近づくと俺のズボンのウェストを掴んで引っ張った。 「うわぁ!」  驚いて悲鳴を上げてしまった。いつもだったら、これしていい?あれしていい?といちいち聞いてきてくれるのに、今日はすっ飛ばしてくる。 「あ、ごめん、びっくりした?」 「い、いえ、すみません…」  と言い終わらないうちに、陽也さんは腿までズボンと下着を下げて、まだ縮こまったままの性器に触れてきた。 「ちょ、っと…」  展開が早い!いや、陽也さんからしたら普通どころか遅いのかもしれないが。  陽也さんは直に俺の性器をなぞるように触れてくる。そこは、陽也さんの手の刺激で徐々に充血していった。 「…………」 「えへへ、大きくなってきた」  にこにこしている陽也さんになにわろてんねん、と思わず突っ込みそうになる。  とても楽しそうだし嬉しそうだった。自分の体なんかを触っていて嬉しい人がいる感覚がうまく咀嚼できない。でも陽也さんの掌は温かいし優しいし気持ちが良い。陽也さんが楽しそうで、俺も少しだけ嬉しくなってくる。 「気持ち良い?」 「う、うん……」  陽也さんにくすぐるように触れられながら、目を閉じて感じ入ることに集中した。  ほのぼのとした気持ちで陽也さんの愛撫を受けていたが、突然、得体の知れない感触が 性器の上に走り、驚いて目を開けた。  俺の視界には陽也さんが俺の股間に頭を埋めている光景が映る。 「まって!?」  驚いて思わず陽也さんの頭を掴んで引きはがしてしまった。どうやら舌を這わせていたらしい。 「痛かった?嫌な感じする?」  しかし、陽也さんはたいして気分を害した様子もなく聞いてきた。 「ううん…」 「じゃあ待たない」  そう言うと陽也さんは躊躇うことなく性器をパクッと口に含んでしまった。まるで食べ物でも食べるかのように。 「あっ!」  温かくてぬめっとした感触が自身を覆う。そのまま舌を動かされると、溶かされそうなほど気持ちの良い感覚が腰を突き抜けていった。 「あっ……」  初めての刺激に、俺は上擦った声を漏らしてしまった。陽也さんは吸ったり、舐めたりを緩急をつけながら繰り返した。 「あっ……あ……」  なんでそんなことできるんだろう。俺もやれって言われたらできるだろうか。できない気がする…。 「や、やだ、ダメ……もうやめて…」  急に、迫り上がってくるような感覚に襲われて俺は声を上げた。しかし陽也さんは俺の声など無視して手を使って扱き始めた。やめて、と言えば大体制止してくれるのに今日はしてくれない。  上り詰めるような快感が襲ってきて、身を捩り快感を逃そうとしたが、陽也さんは執拗に舌と手を動かしてくる。 「……で、出ちゃう!」  俺は陽也さんの頭をどかそうとしたが、間に合わなかった。 「あ……」  陽也さんの口の中に出しちゃった……。しかも、ごくんと飲み下した音まで聞こえて俺はぎょっとする。 「すみません…」  俺は罪悪感で死にたくなる。っていうか、なんで飲んだ……? 「全然…おいしかった…」  陽也さんは恍惚とした表情をしていた。思わずゾッとする。 「えぇ……」  美味しい!?美味しいの!?美味しいわけなくない!?味覚、いや、頭おかしいの!? 「じゃあ後ろほぐしてくね」  俺が引いて呆然としていることにも気づかないまま、陽也さんは力なく寝そべっている俺の腰の下に、サッと枕を入れて俺の膝を立たせる。なんだかとても手慣れていて複雑な気分になる。 「……」  ついにヤられるのか。というか、やっぱり俺がいれられる側か。いや、いれろと言われても無理だけれど。 「怖い?」 「うん」  陽也さんは少しだけ困ったような顔をした。怖くないって強がった方が良かったかな。 「優しくするから、安心してね」 「うん……」    しかし。  この後はもう事故でしかなかった。 「!!」  指を入れられても異物感がひどくて気持ちよさはひとかけらもなかった。  かなりの時間をかけてほぐしてもらったが、案の定、陽也さん自身を挿れても気持ちいいどころか不快でしかなかった。痛いし苦しい。  陽也さんの性器がたいして入りもしないうちに、 「無理無理無理!!」  俺は打ち上げられた魚のように暴れた。 「ぐわっ」  俺は無意識に陽也さんを蹴り飛ばしていた。ずるっと陽也さんが抜ける。途端に無理矢理蓋をされていたような苦しさが消えた。だが冷や汗と気分の悪さはそのままだった。 「は、はるやさん…なんか血の気が…」  目の前が暗くなっていく感覚がして、俺は貧血を起こした。 「うわぁああ大丈夫!?」  陽也さんが慌てている声が遠くで聞こえる。  さ、最悪だ…。最悪のクリスマスだ。  ああ、もう無かったことにしよう。 〇おまけ〇  クリスマスから数日後。 「あ、あのぉ……」  ある日、俺は布団の中で夕くんに声をかけた。挿入するセックスはハードルが高そうだが、せめて口腔性交くらいはどうにかならないか、という諦めの悪い邪念がぬぐえない。 「?」  そんなことを相談されると知らない夕くんはきょとんとした顔でこっちを見た。ああ、今日もそのおぼこい感じがたまらん。 「あのさぁ、夕くんさえ嫌じゃなかったら、俺のも…ちょっとして欲しかったり…して…」 「…!!」  夕くんはあからさまに驚愕!という顔をした。  ほんとはいつかは夕くんから触ってくれたりするかなって思ってたのだけど、一向にそうはならないので思い切って聞いてみた。  触ることを許してくれるようにはなったものの、夕くんから俺に性的な接触をすることはほぼない。皆無と言ってもいい。キスがやっとで、性器触ってもらったことは一度もない。きっとそういう概念がないのだろう。 「やだ?」 「どうしたらいいですか…?」  断られることも覚悟したが意外にもすんなり乗ってくれた。 「えっ、えっと、じゃあちょっと触って…」  俺は布団の中でごそごそとパンツを下ろした。見せてしまうと刺激が強いかもしれないのでまずは布団の中で行うことにする。 「う、うん…」   ちょん。 「……」  ちょんと指先で触られた。か、かわいい…。俺のそこはそれだけで硬くなってくる。 「も、もうちょっと…握ったりできるかな、へへ…」  やばい。だいぶ変態のようだ。 「……こうですか?」  夕くんの大きな手がふわっとそこを握る。久しぶりに他人に触れられたそこは簡単に完勃ちしてしまった。そもそも俺のここはだいぶ単純でチョロいのだ。 「うん……そのまま扱ける?」 「……」  夕くんはおずおずという感じで上下に手を動かす。全然刺激的ではないけれど、夕くんが俺を握っているという事実でもはや昇天しそうだった。  しかし、実際はぎこちない動きで焦らされた俺は、さらなる刺激が欲しくてもどかしい気持ちになってきた。 「あの、舐められない…?」 「えっ…」  夕くんの手の動きが止まる。あからさまに顔が引き攣っている。 「お願い、ちょっとだけ…」 「えぇ…」 「嫌?」 「い、まぁ、いいですけど…」  夕くんはいかにもしぶしぶといった感じで布団をめくった。 「……………」  そして俺の股間を凝視して固まっている。 「無理そう?」 「いや、やる…」  ええいままよ、というセリフが聞こえてきそうな勢いで夕くんはそこに口をつけた。勢いがあった割には舌先で小さく舐める。しかしその弱々しい刺激が逆に気持ちが良い。 「ど、どう?」  単調にそっと舐め続ける夕くんに感想を聞いてみる。 「どうって…」 「その…味とか…」  『おいしい…♡』とか言ってくれないかと遠回しに頼んだつもりだったのだが、 「味!?味ってなんですか…そんなのあるんですか…」  マジレスがきた。 「ううう…なんでもない…」  しかし夕くんはまだ頭を悩ませている。 「味…?皮膚味…?」  そんな気味の悪い食レポされても困る。 「なんでもない、気にしないで!!」  気色悪い食レポを打ち切り、手でしごいてもらうことに集中してもらうことにした。俺のを握っている夕くんの手を握り一緒に動かす。 「うん…そうそう…こんなかんじで」  次第に、ああ、夕くんとエッチなことをしている、してもらっている…という感動が俺を興奮させた。そのうち夕くんは余裕が出てきたのか、先っぽの辺りをちろっと舐めた。 「あ、やばい」  夕くんが自発的に動いてくれたことが嬉しすぎて、急激にそこは暴発しそうになった。 「えっ!!」  夕くんは悲鳴を上げると同時に性器から離れた。どくんと、ひときわ大きく波打ったそこに、何かを察したらしい。案の定、どこにも受け止めてもらえなかった俺の精液が思い切り自分のシャツにかかった。 「「あ」」  二人の声がハモった。 「すみません、下手で…」  申し訳なさそうにする夕くんを布団の中でぎゅうと抱きしめる。いい匂いがする。 「そんなのどうでもいいよ…」  本当にそんなことどうでも良かった。そんなことより。 「夕くんが好きだよ」  それが全てだった。 「…俺も好き」  夕くんは視線を逸らしてそっけなく言い放った。照れているのだ。 「ふふっ」  可愛くて笑ってしまった。  可愛い人。  来年も一緒にクリスマスが過ごせたらいいな。

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