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新社会人編 最終話
※ハル視点です。
俺は夕と付き合い始めてから夜に遊びに行くことをほとんどやめていた。というか友人付き合いをほぼやめていた。
俺に彼氏ができるとそっちを優先してしまうのはいつものことで、そういう時は周りも放っておいてくれる。
結局、俺は家を出たきり連絡もせず、繁華街をふらふらして夕方頃に昔通っていたバーに顔を出した。夕と付き合ってからは一回も来ていないのでおよそ二年ぶりだ。
いつも隣に夕がいたので、身軽さと静けさが落ち着かない。すっかり夕が隣にいる景色が普通になってしまった。
扉を開けるとカウンターから手を振る男がいる。長めのショートヘアーが似合う綺麗な人だった。バーのスタッフというよりホストのような容姿をしている。
「ハルー!」
男は人懐こい笑顔を浮かべて俺を呼ぶ。馴染んだ声と表情に俺はホッと息をついた。
「アツシさん、久しぶり」
『アツシさん』はカウンターに座るとモヒートを出してくれた。ずっと昔、俺が好きなカクテルだった。ミントの濃い緑とライムの香りが脳を刺激する。なんだかずっと夕とほわほわと家で暮らしてたせいで、すっかりこういうものとご無沙汰になってしまった。脳がチカチカする。
「で、別れたの?」
わざとだろうが、口をつけた瞬間に言うものだから俺は吹きそうになってしまう。この人は俺が一番最初に関係をもった男で、そんな関係を解消した後も唯一友人付き合いをしている。夕の話もこの人だけにはかなりしていた。
「別れてないよ。ちゃんと付き合ってる!」
「なーんだ。もうどのくらい?」
「えっと、夕が大学2年の時から付き合ってるから、2年半くらい?」
「あー…じゃあそろそろだ」
アツシさんは口角をにやぁっと釣り上げて面白そうに笑う。
「何が!?」
「前の奴も2年半くらいで別れてなかった?」
「まあそうだけど…でも今までの人、全員浮気か二股で別れてるもん。夕は恋愛に興味ないからその心配ない!」
と俺は自分に言い聞かせるように言った。
「じゃあ今日何しにきたの」
「ちょっと喧嘩?しちゃって」
「なんで」
「喧嘩っていうか夕のこと怒らせちゃって…」
とそこまで話したところで俺のスマホが鳴り出した。
「夕からだ」
夕からの着信に俺の心臓は一気に跳ね上がる。俺は昨夜、夕に電話してもなかなか繋がらなかった時間を思い出した。このまま出なかったら夕はどれくらい心配してくれるだろう。と、意地悪な疑問が浮かぶ。そんなことをしてはいけないと思いながら、俺は夕の着信に出る気持ちになれずそのままポケットにしまってしまった。
「出ないの?」
「いい!今日は朝帰りしてやる!」
「大人気ないなあ。せめてどこいるかくらい伝えておきなよ」
う…。確かに自分がやっていることはダサすぎる。その自覚はある。けれど、夕にだってもう少し不安にさせない努力のようなものをして欲しいのだ。
だから俺の気持ちを分かって欲しいと思ったのだけれど……。
夕、心配してるかな?怒るかな?と思うと俺は途端に不安になって帰りたくなってしまった。
「じゃあ…友達と遊んで来るって送っておく……」
俺は本当に一言そのままメッセージを送ったが、夕からは既読にされただけで返信は来なかった。
結局、俺は深夜まで飲み、朝までアツシさんの家に転がり込んだ後に帰路についた。
キィ…
「夕…」
「あ、おかえり」
玄関を開けると会社に行く支度を終えたであろう夕がキッチンに立っていた。手元を見るとマグにお茶を詰めていた。
「ただいま……」
二十四時間も家を留守にしたのは同棲してから初めてだった。ものすごい気まずい。俺はなんとなく下を向いてしまう。夕は少しだけ俺に近づくと、
「ハル、酒くさ!」
と言って顔を顰めた。それから、
「どこ行ってたの」
と尋ねてきた。怒っていたり心配している様子ではなかった。
「別に…友達と遊んでただけだよ」
嫉妬とか、するかな。夕が嫉妬するところちょっと見てみたいな……。俺はちらっと夕の顔を見た。
「そう……」
夕は少しだけ考えるように黙って、
「楽しかった?」
と聞いてきた。
「え?」
「楽しめた?」
「えっ、うん…」
「じゃ、良かった」
と薄く笑って、お茶を冷蔵庫に片づけマグの蓋をしめて鞄に詰め込む。
「あのさ、夕は俺が誰といたとか何してたとか気にならないの?」
そのままもう外に出て行ってしまいそうな夕を引き留め、俺は尋ねた。
「別に。っていうかハル、構ってちゃんすぎない?やること単純すぎ。俺が朝帰りした仕返しに朝帰りとかちょっと幼稚じゃない?」
夕は靴を履きながら辛辣な言葉を放った。
「ぐ」
その通りすぎて何も言い返せない。
「まあ、ハルが楽しめたならよかったけどさ」
夕がそう付け足した言葉には刺々しい感じはなくて、心底そう思っているように聞こえた。
「嫌じゃないの?」
「仕返しされたのは嫌だけど、ハルがどこで誰と何しようと俺は気にしないよ。むしろ俺に遠慮しなくていいのにって思ってたし」
「浮気とかされたら嫌だなって思わない?」
「しないでしょ、ハルは」
呆れたように言う。何を分かりきったことを、というような。
「しないけどさ」
「っていうか、俺の方こそしないと思うんだけど、そんなしそうに見える?」
「だって夕って押しに弱そうなんだもん」
「ハルにだけだよ」
と言って夕は笑った。なんだかその表情がとても大人びて見えて俺は息をのんだ。
「…………」
「じゃあ俺、行ってくるね」
と俺の肩をぽんと叩いて夕は駆け足で出て行ってしまった。
「行ってらっしゃい」
俺はしばらく玄関でぼんやりと佇んでいた。夕は昨日の夜は何を食べたんだろう。一人でこの家に突然取り残されてポツンと過ごしている夕のことを考えたら、俺の涙腺がうるっと緩んだ。
俺はアルバイトが終えると帰り道にしこたま食材を買い込んで、懇々と料理を作っていた。アスパラ、豆苗、ナスをひたすら豚バラで巻いて焼き、ひじき、ごぼう、人参と枝豆を混ぜたサラダを作った。枝豆は冷凍じゃなくてきちんと茹でた。それから豆腐に片栗粉をつけて焼いた揚げ出し豆腐も作ってみた。無心で大根をすり下ろしていたら数日分は使えそうな量になってしまった。そしてたけのこの炊き込みご飯が炊きあがった頃、夕が帰ってきた。
「お帰り、今日早いね」
「なんかご飯、豪華じゃない?」
俺がテーブルにお皿を並べまくっているのを見て夕が呟く。俺はご飯を眺めていた夕に抱き着いた。
「夕、ごめん!!俺、不安になって夕に変なことして」
そう言うと夕も抱き返して頭をこすりつけてきた。
「俺も…怒っちゃってごめんね。っていうかご飯いっぱいあるけど…今日、しないの?」
「えっ、していいの?明日も会社でしょ?」
「うん。だから早く帰ってきた。連休の中日だから会社の人たちもやる気なくてさ」
「するー!!」
俺はもう一度夕に抱き着いた。
「……っ」
夕の後ろを柔らかく拡げながら俺は夕のナカの温かさをじんわりと感じていた。最近、夕は指だけなら生でいれさせてくれるようになった。夕の息遣いが少し早くなったのを感じて
「そろそろ大丈夫?」
と聞いてみた。
「うん……」
と言ってくれたので、俺はさっそく自分のものを夕の入り口に当てがう。けれど、
「待って……」
と夕が体を起こしてきた。
「うん?」
そのまま夕は今度は俺のことをふわっと押し倒してきた。
「ごめんね。俺、ハルに寂しい思いさせてたんだよね?」
と言っておでこをくっつけてくる。俺はその言葉と夕の熱に涙腺が触発されて目尻からぽろっと涙がこぼれてしまった。
「うん、寂しかったああ!!」
俺は夕に抱きつくと息を止めかねないレベルでぎゅーっとした。
「ぐえ」
夕が蛙のような声を上げる。夕はしばらく俺に大人しくぎゅうぎゅうされた後に、体を起こした。
俺の顔を優しく撫でたり頬に口づけたりしてくる。それから、
「俺がしてあげる」
と言ってきた。
「え?」
夕は俺の返事を待たずに俺の上に乗っかると自らお尻にいれようとしてきた。
「……っ」
最初だけ辛そうに顔を顰めたが、
「あっ」
と鼻にかかった声をあげて、俺のそこは夕の声に反応してさらに夕を深く貫いてしまう。まだ夕は後ろだけでイッてくれたことはないのだが、最近はなんとなく気持ちよさそうにしていることが多い気がする。あまり言及すると機嫌を悪くするので聞けないのだが。
「あっ、ん……はぁ…気持ち良い?」
夕がぎこちなくバランスを取りながら一生懸命腰を動かしている。
「う、ん、うん……無理しないでね…」
俺はぶんぶん頷いた。あまり上手ではなかったが、目の前に広がる光景にめちゃくちゃドキドキしてしまった。夕の動きに合わせて揺れる夕のものに、そっと触ったら
「ちょ、触らないで!」
と怒られた。
「あんまり上手く動けなくてごめん…」
と恥ずかしそうに目を伏せる夕が可愛い。可愛くて鼻血が出そう。
夕は可愛い。ずっと可愛い。出会ってからずっと可愛くなかった時がない。この可愛さを俺だけが知っていられればいいのに。ずっと俺だけのだったらいいのに。ずっとずっとこのままだったらいいのに。でもそれは無理なのだ。
「夕は結婚したいなとか子供欲しいなとか思わないの?」
「えっ……考えた事なかった」
夕は驚いたような目をした。俺がそんなことを口にしたからというより、その発想はなかったという顔をしていた。
「そもそも恋愛とかも興味なかったし結婚も同じく…子供もあんまり興味ないしな」
夕はしばらくぼんやりしたあと
「でもハルの子供だったら見てみたいかも。なんか…可愛い気がする」
とぽつりと言った。
「え、産む」
「産めないでしょ」
と苦笑する。
「ねぇ、ハルが何を心配してるのか知らないけど、俺は絶対にハル以外好きにならないよ」
そう言って夕は俺の頭を抱くようにすると、額に唇を落としてきた。
「俺がもし何か変わってもハルが好きなことだけは変わらないよ」
俺の頭を抱えたままぽつりぽつりと言葉を紡いでくれる。夕の低くて静かな声が頭に心地よく響いて眠くなってきた。
「確信できるし、誓えるよ。ハルのこと死ぬまで…死んでもずっと好きだよ」
ほんと?ほんとに?
俺も好きだよ。死んでも夕のことが絶対好き。
「え?寝てる?」
「……………」
「もう…おやすみ……」
新社会人編おわり
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