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第1話

「ごめん、遥陽とは友達のままで居たい」  数年前の高三の夏の夜、僕の片想いは終わった。   「…だ、だよね!急にごめん。もう吹っ切れたから大丈夫!」  僕は苦しさで掠れる声を隠すべく、いつも以上に息を吐き出す。  ごめん。この一言が聞こえた瞬間、呼吸の仕方を忘れたかのように息が苦しくなった。 「うん。でも、ありがとな、伝えてくれて」 「…こちらこそ聞いてくれてありがとう。じゃあ、また明日学校で」  蓮がそう言って背を向けたと同時に、俺の視界は大きく歪んだ。  この瞬間、振り返らないで。と願った。  こんな情け無くて、こんな小さい僕なんて。 「…遥陽」 「んぁ!?ご、ごめん、何?」  …つい、そんな昔の事を思い出してしまった。 「何ボーッとしてんだよ。まさかもう酔ってんの?」 「んーん、ごめん、考え事」 「俺と飲んでる時ぐらいそんな難しい考え事すんなよ」  去年、無事高校を卒業した僕と幼稚園からの幼馴染、宮間蓮は今年で節目の歳、20歳になった。  高校時代、僕は関係が壊れる覚悟で蓮に告白した。しかし、当然の結果だった。  10年以上も幼馴染であり親友だった僕から突然好きと気持ちを伝えられた蓮の気持ちを改めて考えると、僕は本当に自分勝手だった。  しかし、長年の付き合いであった僕達の関係はそう簡単に崩れる事はなく、僕が告白し、振られてしまった後もお互い何も無かったかのように僕達の関係性は修復し、気付けばいつも通りに戻っていた。  付き合えなくなって、一番の親友の括りだとしても、隣に居てくれるだけで幸せなんだ、と実感した学生時代だった。勿論、今もそう思っている。  今はお互い別の大学に通っているものの、よく二人でお酒を飲みに行く。 「いや、今幸せだなーって」 「は?なんだよ急に」 「何でもない」  僕達の関係は、あの時終わってもおかしくなかった。何十年もの付き合いの幼馴染にいきなり告白するというのは、それほど大きなリスクがついていたから。  正面に座りハイボールのグラスに口付けする蓮を見て、在りし日を思った。 「…お前やっぱ酔ってるだろ」 「酔ってない!」  薄く目にかかる蓮の柔らかい前髪。高校の時より前髪が伸びて、ハイボールのグラスを片手に持つ蓮の姿は妙にいつもより大人びて見えて、僕の心臓はドクンと音を立てた。  それと同時に僕の視界はホワンと柔らかく靄がかった。僕は目を擦った。 「…蓮、こんなカッコよかったっけ」 「は?」 「…何でもない」  あの時に見た蓮よりも、今の蓮の方が何倍も…。 「お待たせしました、ハイボールです」 「ありがとうございまーす」 「は、お前…まだ飲むのかよ」 「これで最後」  そんな事を考えているうちに、僕の手元にはラストオーダーに頼んだハイボールが置かれた。蓮は何故だか僕を見て驚いている。 「いやお前もう既に顔赤いし…もうガキじゃねえんだし自分でちゃんと考えて飲めって」  蓮は僕から酒を遠ざけようとする。 「赤くないし、ちゃんと考えてる」  僕は蓮からハイボールのグラスを取り、ハイボールをグイッと喉に通す。冷たい炭酸の泡が喉を通り、身体の中に入っていくのを感じる。 「んあーー…」 「あーほらもうやめとけ」  蓮に水の入ったコップを手渡された。視界は先程より濃くはっきりと靄がかかり、瞼が重い。  正面に座っていた蓮はいつの間にか隣に座っていて、右耳から聞こえる聞き心地の良い、何度聞いたか分からない蓮の低い声。 「ん…うん」 「もう確実に酔ってる…ほら、もう終電近いし帰るぞ」 「うるさいなぁ、分かったからあ」 「お前は昔から自分でコントロール効かなくなる時あんだから…」  そして、急に瞼に錘がついたかのように瞼が重くなり、僕は耐えきれず机に顔を伏せた。 「あーあ…もう…ほら、遥陽」 (…あー、蓮が喋ってる…)  うっすらと横から聞こえてくる蓮の声を聞いたのが、僕の記憶の最後であった。
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