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 本気の汀のセックスは、佐塚の想像を容易に超えてきた。  自身にほとんど経験がないとはいえ、職が職である。他の監督の過激な作品を見ることもあるし、現場に入って手伝うこともある。性行為自体を恥ずかしいとも思っていない。目の前で男女が急に致し始めても、涼しい顔でスルーできる自信はある。  それなのに、ベッドの上に上がった佐塚は五分後にはもう後悔していた。  恥ずかしくはない。それはさすがにない。曲がりなりにも非童貞、三十三歳AV監督だ。  けれどとにかく熱くて気持ちよくて、一瞬で頭と体が馬鹿になる。嬲られて煽られて弄られて極限まで高められて、その上耳と目から始終入ってくるのは汀の熱烈な愛情だ。 「あーだめ……ぜんぜん、頭回んないです……佐塚さんかわいい、好き、腰の骨ほんと弱いんですね? ほら、逃げないでください。だめ。……もっと触らせて」  佐塚に容赦なく覆いかぶさった汀は、肌を密着させながら全身をくまなく念入りに愛撫する。  一秒でも離れたくないという執念深さで、つま先から額まで、とにかくひたすらにキスを落とされた。  裸を晒すことに羞恥心はないが――これはさすがにむず痒い。その上その行為は可愛らしい愛情だけではなく、熱烈な性欲も含んでいる。  汀のテクニックは、佐塚が笑えない程巧みだ。本当にちょっと後で色々教えてほしいほどに淫猥な手つきで、じわじわと存分に焦らしながら佐塚の弱い所ばかりを嬲る。  知らなかった。  性感マッサージを施している時の彼は、おそらく手加減していたのだ。  普段の彼の施術でも十分過激だというのに、その先があるとは想像していなかった佐塚は、服を脱いでから十分足らずで『ちょっと待って』の声を上げる。 「待っ、ちょ、ほんと、無理、一回ストップ、止まっ……駄目だって言って、……っ」 「嫌です。駄目。佐塚さん、さっき外で格好よく決めてくれましたよね……我儘になってもいいよって。我慢しなくていいって言った」 「言った、けども……、言ったけども、休憩くらいさせてくれてもよくない!?」 「まだ佐塚さんが一回出しちゃっただけですよ。……我慢してって言ったのに」 「きみの手がエロいから仕方な――タイム! タイム!」 「……まだ全然、佐塚さんを堪能できてない……もっと触りたい。もっとどろどろになった佐塚さんが見たい。ね、僕の我儘聞いてください。……佐塚さんだって、全然、余裕そうじゃないですか」 「よ、ゆうのわけないでしょう……あのね、こちとら三十三歳独身――あ、こら……そのっ、股の間、擦るの、だめ……っ」 「でも、嫌じゃないですよね。佐塚さん、焦らされるの、結構好きでしょう?」 「っ、ふ…………、ぁ、ちょ……、っ」  達したばかりの佐塚のものを離し、濡れた手のまま内ももをぬるりと摩る。もう片方の手は器用に這い上がり、肋骨のあたりを緩やかになぞる。  もういっそガッと触ってほしい。そう思うのに、相変わらず汀の愛撫はじっくりとじれったい。  彼自身、本当にやりたいようにしているだけらしい。その証拠に、かわいいだの好きだのとにかく甘い睦言ばかり口から出る。汀の身体はひたすらに佐塚を辱めているというのに、耳に届くのはまるで悲鳴のような恋の言葉だ。  煽られる。無理やりに高められる。その上感情まで揺さぶられて、頭も体も馬鹿になる。  こんなことならせめて今日は無理だからと抱きあって眠るだけにとどめ、また後日改めて自宅に招くべきだった。自分の家ならばまだせめて逃げ道がありそうだが、寒くて広いコテージはラブホテルのようにおあつらえ向きだ。  手ぶらですけど、と困った顔をする汀に、『車に色々あるよ』なんて言わなければよかった。ローションもコンドームも新品で常備していたし、なんならコスプレ衣装まで積み込んでいる。自分の職業を、ここまで恨んだのは初めてだ。  さすがに手錠とローターと首輪はそっと見なかったことにしたが、この調子だと佐塚の判断は正解だったと言わざるを得ない。精悍な好青年顔からは想像できない程、汀は執着心が強いらしい。 (……求められるの、悪くないけども)  性行為や恋愛に関して、佐塚は基本的に受け身が合っている。特にセックスは『気持ちよくなるためにわざわざ動くのだるい』などと考えてしまいがちだったので、とにかく全部してくれる汀との相性は最高だ。  気持ちいいし可愛いと思うし好きだと思うが、とにかく汀が性急すぎる上に想像の倍近く淫猥な行為を恥ずかしげもなく全力でぶつけてくるので、佐塚も余裕が一切ない。こちらが主導権を握ったほうが良かったのでは……? と、後悔する程だ。  駄目だと言っても嫌ですで押し切られ、好きとかわいいを耳にぶち込まれながらひたすらに煽られ、懇願するまで焦らされる。  もう、何を口走ったのかもよくわからない。汀は卑猥な言葉をわざと言わせるような攻め方はしなかったが、『好き』『して』『お願い』あたりの言葉は積極的に求めた。 「はっ……ん、ふ…………、何分……そこ、擦ってるの……、ぁ、」  散々焦らされて二度目の射精を終えた後、汀の目的は胸に移ったらしい。  最初そこを捏ねられた時は、くすぐったさに首を竦めた。だが今は、ただひたすら乳輪の周りをぐりぐりと擦られ、むず痒いような甘い期待感に息を殺してしまう。  一度、乳首を甘噛みされたことがある。  あの時の痺れるような感覚を思い出してしまい、自然と腰が揺れる。 「……佐塚さん、びくびくしてる。やっぱり焦らされるの、好きですよね? ほら、また勃ってきた」 「…………っふ、きみが……ねちっこい、から……っ」 「男の人でも、乳首でイけるようになりますか?」 「……まぁ……頑張れば、それなりに……M男受け身系の男優さんは、結構乳首敏、かん……」 「へぇ……いいですね。うん。乳首でイっちゃう佐塚さん、えっちで良いと思います。さすがにそんなにすぐには無理なのかなぁ……でもちょっと、良い感じに気持ちよくなってきました? 腰、揺れてかわいい」 「は……周り、ばっか……やだ、もう、辛……」 「佐塚さんに、お願いされるの大好きなんです。してって、言ってもらえるの、嬉しい。エロいし、かわいいし、求められてる感じがして、めちゃくちゃにキスしたくなる……」 「…………乳首、触って欲し、い、です……」 「……もっかい、言って?」 「ん、ふ……ぁ、乳首、お願い、汀く……気持ちよくして、ふ、っ、……っ」  汀の綺麗な形の爪が、散々焦らされた乳首を掠る。  この期に及んでほとんど触れるか触れないかという刺激のフェザータッチで、さすがの佐塚もはしたなく足を絡めて『もっと』とねだる。  汀は素直にねだればねだるだけ、ご褒美をくれる。この短時間でそれを学習してしまった。絶対によくない成功体験だ……と理性は警告を鳴らすものの、嬉しそうな汀にキスをされるともうどうでもよくなる。  今度は強めに、爪先で弾かれる。煽られすぎたせいか、お預けされすぎたせいか、それともお互いが本気でセックスに挑んているせいか、今まで感じたことのない刺激が足先から腰のあたりに響く。  思わず息を止めて快楽を殺す。  その仕草はすぐに汀にバレて、声殺したらヤダ、と甘く囁かれて腰を撫で上げられた。 「っ、は……、きみは……どうして、こういう事してる時だけ、そんな、えっちなの……っ」 「え。……えーと、もう、だって、これは職業柄、というか……佐塚さんが初心すぎるだけですよ……なんでAV撮ってる人なのに、そんなに童貞っぽいんです……?」 「童貞じゃないですし……おれだってこれでも経験は有……っ、ひ、ちょ、待っ、て、ぁ、やだ、だめ、ぐりぐりしちゃだめ、っ!」 「佐塚さんが、女の人抱くところ想像しちゃいました……かっこいい佐塚さんはエロいと思うけど、今は僕だけ見てほしいです」 「きみだけも何も、ちゃんと好きになって、こんなに全部許してるの、本当に汀くんだけ……、ぁ、ふ……そこばっか、だめ……、ていうか、あの、おればっか、イかされすぎ……汀くんもちゃんとイって……硬くなってる、くせに、」  ぴったりと密着しているせいで、汀のものも興奮していることを知っている。手を伸ばして触ろうとして、何故か阻止され失敗した。 「……なんで……」 「佐塚さんに触られたりしたら、一瞬でイく自信しかないから駄目です……僕のことはいいから、もっとたくさん触らせてください」 「もっとって、これ以上、何する気なの……え、アナルセックス……? いや、一応軽く洗浄したけど、え、挿れたい? ……おれ男だけどだいじょうぶ……?」 「ふ、は! え、今さら何ですか。佐塚さんはちゃんと男性だし、僕はあなたの性別ごと好きです。大好き。ええと、挿入したいかと言われると、そのー…………していいなら挑戦したい、です、けども」 「あー……いや、まあ、別にいいけど」 「……軽いですね。いいんですか? ほんとに? え、そんな簡単に佐塚さんはお尻許しちゃっていいの……? そっちの趣味ある女の人に、一回挿れたら後戻りできないって聞いたことありますけど」 「いや知ってるよ、女優さんでそっちもやってる子いるし。撮ったことはないけど。まあ、死なないよ、うん、みんな普通に生活してるし、あとやっぱりなんて言うかー……きみがおれ相手に腰振ってるとこ見たい」 「言い方……」 「別にね、挿れるだけがセックスじゃないけどね、普段そういうモン撮ってるからどうしてもセックスってそういうもんだって思っちゃうんだよねー……まあ、尻の穴に興味がないとも言い切れないし」 「佐塚さんが気持ちよくなって何度でもしたいっておねだりするようにがんばりますね」 「こわいこわい。頑張らなくていいから優しくしてください。……できれば焦らしプレイは最小限でお手柔らかに――」 「あ、それは保証できないです。仕事だからやってたつもりだったんですけど、なんかどうも、好きな人焦らしてべったべたにするの、僕の癖みたいで……」 「うわぁ。いや、かわいい子相手ならね、絵面もエロくて最高だとは思うよ? 汀くん清楚系イケメンなのにねちっこいエロぶっこんでくるとか最高だよって思うよ。絵面が勝ちだよ。男優として人気出る。まあ、相手がおれなのが、ほんとダメなんだけどさ……」 「なんで? 佐塚さんもエロくて最高です」 「……恋は盲目って現実にある現象なんだねぇ」  そのまま盲目で居てねと苦笑すると、どろりと笑った汀はこちらの台詞ですと零してから何度目かわからないキスをする。  かわいい。好きだ。シンプルにそう思う。 「……二十五歳OLじゃなくてごめんねほんと」  キスの合間に足を絡ませて笑う。あはは、と軽やかに笑った年下の恋人は、三十三歳AV監督が僕の好みなんですと囁いた。  心は確かに通じ合っていたし、言葉も惜しまなかったが、プレイとなるとまた別だ。  後ろを慣らされている間、佐塚は何度も自分の選択を後悔した。汀の事は好きだしセックスは気持ちいい。けれど煽られ焦らされ何度ももういいから挿れてと懇願する時間は、本当に体力を消費する。  更に一度射精させられ、もうしっかり勃つこともできない性器を愛撫されながら、どろどろになった下半身を開かれる。  ゆっくりと何度も出し入れされながら、なじませるように汀は腰を動かす。官能的すぎる光景に眩暈のようなものを覚えながらも、腰に響く違和感が佐塚の意識を乱す。  思っていたより痛くはない。汀が丁寧にしてくれたおかげか、佐塚に才能があったのかはわからないが、とりあえずの関門は突破した。  痛くはないが、異物感はある。腸って痛覚ないんだっけか、と、大腸がん検診のパンフレットを思い出していた佐塚は、その圧迫感と重さに息を吐く。 「……っ、あー……全部、入った……? っ、ちょ、きみ、ほんと、なんでそんな無駄にエロい体してるのかなぁ……チンコ長すぎじゃないの……」 「長いって言うのやめてください、ちょっと、気にしてるんです……」 「え、短いより良くない? エロくてかっこいい形してるし、ほんと、彼氏じゃなかったら男優にスカウトしてた、かも……」 「彼氏……………」 「ぁ、何、ちょ、照れ隠しに、悪戯しない……!」 「だって……うあー……彼氏…………え、彼氏で、いいの? 本当に?」 「いや、その、ここまでエロいことしといて彼氏じゃないですってそれセフレじゃない……いらないよ別に、セフレとか、面倒くさいし」 「恋人は面倒くさくないんですか?」 「うん。かわいいからね。汀くんは例外で特例の彼氏だよ」 「……えっちの最中に感極まること言うのやめてください……興奮してるのか感動してるのか、わかんなくなる……」 「おれができる抵抗なんかね、きみを感動させてちょっと賢者タイムにすることくらい――、っぁ、ふ……、ん………あー……待って、これ、わりと、くる……っ」  緩やかに動き出した汀の腕をつかみ、佐塚は息を殺す。思わず口に当てた手の甲はすぐに捕らわれて、シーツの上に縫い付けられた。 「痛くないですか? 大丈夫?」 「んー……痛くはない、けども……あー、抜くとき、ちょっと、っは、うあーって、する……っ」 「うん。ゆっくり抜くと、気持ちよさそうですね……奥より、浅いとこの方がいいのかな……。待ってね、佐塚さん……佐塚さんが気持ちよくてとろとろになるとこ、探すから」 「いや別に、きみが気持ちよくなればそれで……、ぁ、ひっ……待って、タイム……! 急に、ぁ、駄目、タイムってば…………!」 「いやです。だめです。気持ちよくなって。いっぱい擦って、いっぱい触って、いっぱいキスしますから、佐塚さんは何も考えずに気持ちよくなってくださいね」 「ふ、ぁ……っ。あ……ソコ、だめ……っ」 「あー……かわいい……だめだ、これ、ほんと、幸せすぎて、おかしくなる……」  十分に卑猥なセックスだった。汀は本番はしないとはいえ素人ではないし、佐塚もテクニックだけならば山ほど知っている。最終的にはどちらももうわけがわからなくなり、言葉も忘れて快楽とお互いの体温をただひたすらに求めた。  それでもうわ言のように、汀は好きだと言い続けたし、佐塚もそれに出来るだけ応えた。  好きだよと、何度言ってもおそらく汀は『夢かもしれない』と苦笑するだろう。不幸が染みついた彼に幸福を叩き込むのは、簡単な事ではない筈だ。  だから何度でも言うし、何度でもセックスしよう、と思う。  とはいえ次からはもう少し手加減してほしい。こちらはきみとちがって、二十五歳ではないのだから。  息も絶え絶えな佐塚がそう訴えると、幸福にまどろんでいる汀は眉を落としてごめんなさいと謝る。 「でも、これから先も、こういうことするたびに僕はちょっと、暴走しちゃうかもしれないです……だってずっと、好きな人とセックスがしたかった」  仕事ではなく、本当に好きな人と、ただ単純に愛を交わすために肌を合わせたかった。そんな風に破顔されては、佐塚はもう、何も言えない。  ただ息を吐いて、少し泣きそうになったことを誤魔化すように、彼の耳を齧ってから、『ちゃんと好きだよ、落としてくれてありがとう』と囁いた。

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