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第1話

同居人の彼は仕事が休みだ。 僕は定時で仕事を終わらせて急いで帰ってきた。 「陽斗ただいま」 ドアを開けると美味しそうな匂いがした。ハンバーグかな?唐揚げかな?なんだろう、楽しみだ。 僕の好物を作って待っているから早く帰っておいでとついさっきLINEが来た。 リビングに彼の姿はなかった。その代わり彼の部屋から話し声が聞こえていた。誰かと電話をしているみたいだった。なぜか気になって。気付いたときはドアの前にいた。 「十歳の時に父親を亡くして天涯孤独になったから、施設に入れるのも可哀想だからうちで引き取っただけで。住むところがないっていうからしょうがないから一緒に暮らしているだけで。恋愛感情?ないよ。だって男同士だよ。あり得ないよ。なに言ってるんだよ。冗談もほどほどにしてくれよ」 彼の笑い声に心がズタズタに切り裂かれる思いがした。 分かっていた。いつかはこの日が来るんじゃないかって。居心地のいいおひさまみたいな、彼の優しさに甘えてばかりいて目の前のことが見えなくなっていたのかも知れない。 聞き耳を立てていたのを彼に知られてまずいと思って、そっと離れた。 「湊、お帰り。帰っていたならそう言ってくれればいいのに」 カタンとドアが開いて洗濯かごを両手に抱えた彼が姿を見せた。彼の名前は七海(ななうみ)陽斗(はると)。僕と同い年の二十五歳だけど、彼のほうが僕よりうんと大人ですごくカッコいい。当然ながら女性に死ぬほどモテる。 僕の勤務先、コビヤマの社長の長男だ。コビヤマはプライム市場の上場企業で樹脂メ―カの最大手だ。 出会って十五年。 一緒に暮らしはじめて十年。 気づいたときには彼に恋をしていた。でも彼には親が決めた許嫁がいる。 幼馴染みで同僚でもある七海(ななうみ)(あらた)に聞いたら、許嫁以外に好きな人がいるらしい。 同居は陽斗が許嫁と結婚するまでの約束だ。タイムリミットが確実に近づいている。片思いのまま、告白しないまま、この恋は終わる。はずだった。
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