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溺愛(※)
「龍弥に会った?」
ベッドサイドに腰掛けた紗葉良の長い睫毛がパチパチと瞬く。
「う、ん――。なんか、あいつってさ……。思ってたより悪い奴じゃなかったの、かもなぁーって」
「えー?斗貴央って良い人ぉ〜」
「なんだよそれ、違うし!」
子供を褒めるみたいにされて斗貴央は着替え途中の紗葉良を引き寄せ誤魔化すように目一杯抱きしめる。「うぐ」と紗葉良から変な音が出たので慌てて少し力を緩めた。
「紗葉良」
「なーに?」
「どこにも、どこにも行くなよ」
紗葉良は一瞬目を見開き声を無くした。
――斗貴央はなんて辛い、切ない声を出すのだろう。
両腕を大きな肩に回して抱きしめ返す。癖の強い斗貴央の茶色い髪をゆっくり撫でた。
「どこに行けるの、ここ以外。これ以上幸せな場所なんて俺にはないよ――?」
身体を少し離して斗貴央の頰を撫でるとすぐにキスされた。何度も短く啄ばまれて、我慢できなくなった舌先が乱暴に口の中に入り込む。大きな手が下着の中に潜り込んだ。
「斗貴央、も、ダメっ、さっきしたじゃん」
こんな言葉、本当は無駄だとわかっている。
斗貴央は一度火がつくと止められない。喧嘩と一緒、この男は一度沸騰すると冷ます方法を知らない。それが斗貴央のダメなところと言いたいところだが、それがあったから紗葉良を男と知ってもなお、諦められなかったのだ。
だから怒ることも責めることも紗葉良には到底出来ない――。
まだ柔らかいままの紗葉良の中に斗貴央は容赦なく入ってきた。
短い悲鳴のような掠れた声が紗葉良から上がる。それに反応したのか、中に入った熱がさらに増したように感じた。
「んっ……紗葉良のココ、すげぇ締まるッ……」
既に獣と化した男にピアスごと薄い耳朶を齧られる。
「バカっ!急にっ……挿れるからっ、あっ!」
「もっと、奥……」
紗葉良はベッドに背中を押し付けられ、それ以上は逃げられない。
繋がった場所を隙間なく深く埋められ、紗葉良の背中は電気が走るように強く痺れた。
「斗貴、ダメ……っ、まだ動くなっ、あっ」
今の斗貴央には最早何も聞こえていなかった。
貫くたびに自分を締め付けてくる熱いその場所が堪らなく気持ち良くて、それと同時に耳に染み込む甘い声が更に斗貴央を夢中にさせた。
「あー、も……ヤバイ……。紗葉良の中いっつも気持ちぃー、狭くて、めちゃくちゃ締まる」
熱に浮かされたように斗貴央は本能のまま延々と囁いては深く何度も腰を打ち付けた。「もう黙れ」と恋人から何度も胸を殴られている痛みすら真綿のように全くもって届かない。
紗葉良の訴える声も次第に途切れ途切れになり、斗貴央は胸にあったその手を取り、ベッドに押し付け紗葉良の濡れた唇を何度も奪う。
斗貴央は素直に紗葉良とするセックスが好きだった――。
紗葉良を自分だけのものにした気分になれる。大好きな紗葉良を丸裸にして腕の中に隠すみたいに抱き締めて、熱い場所に自分を割り挿れると自分の想いもそこから一緒に紗葉良に流れ伝わるんじゃないかと錯覚する。
そんな自分は女々しいのかなと、斗貴央は落ち込むこともあるけれど馬鹿な自分には他に方法がわからない――。
紗葉良が龍弥をどれだけ一途に想っていたか。教えられなくても紗葉良を見れば嫌でもわかった。
斗貴央に出来るのは自分の想いを素直に伝えることと、ここにいてくれとひたすらに願うことだけ――。
誰にも誰にも渡したくない――。
腕の中で達した紗葉良の頰に透明な雫がキラキラ流れるのを眺めながら斗貴央は訪れた絶頂の中で何度も願った――。
すっかり疲れ切った斗貴央は大好きなぬいぐるみを離さない小さなこどものように紗葉良に引っ付いたまま眠っていた。先に目を覚ました紗葉良はその無邪気な寝顔を優しく指で撫でる。そして、鼻先と唇に甘くキスを落とす。
紗葉良は、これからの人生の中で斗貴央みたいな相手に出逢えるとは思っていなかった――。
ずっと苦しいまま、龍弥のそばで何を出来るわけでもなく立ち止まり、自分をひたすらに恨んで――、そんな惨めな自分を斗貴央は支えてくれた――動けなくなっていた泥沼の中から連れ出してくれた――。
――斗貴央は、自分を変えてくれた――――。
悲しいわけじゃないのになぜかポロポロと瞳から涙が溢れてくる。嗚咽が出ないようにぎゅっと唇を噛んで顔を隠すみたいに斗貴央の腕の中に逃げる。
ふいに大きな両手で頰を包まれ、紗葉良はビクリと肩を揺らした。すぐ目の前で優しく斗貴央が笑いかけ、そっと口付けてたくれた――。
「大好きだよ、斗貴央――」
涙のせいでそれは弱く、細い声だったけれど斗貴央は幸せそうに頷いてもう一度口付けた。
紗葉良は暖かい腕の中で安堵のため息をついた――。
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