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懐疑
「だあああああ!!!ひどい!!!!」
学生たちで賑わう騒がしいファーストフード店に斗貴央の悲鳴が混ざる。
赤ペンでバツばかりが並ぶお手製のミニテストを紗葉良は斗貴央の目の前にわざと叩きつけるように返却する。辛うじて二箇所だけマルがある。
「それはこっちのセリフです!教えた俺が下手っぴみたいじゃんか!ホラ!今日もやるよ!」
「な、なにを?ナニをやるの??」
くだらない言葉の響きにひとり盛り上がっている馬鹿がヘラヘラと紗葉良の横で笑っている。
「中学生か!!ちゃんと勉強しないならシャーペンの芯ありったけ飲ませるよ!!」
スパルタ家庭教師の頭に殺気立った鬼のツノを見た気がして慄いた斗貴央は慌てて教科書を広げた。懲りずにコッソリと手を握ったら甲をすごい勢いではたき落とされた。「ぎゃっ!」と大袈裟けに斗貴央は泣いた。
しょげている生徒を横目で一瞥し、テーブルに片肘を付きながら紗葉良はふと窓の外を見た。人混みの中に夏奈の姿を見つけ、目を見開きながら身体を真っ直ぐに起こす。
目を凝らして見えた隣に並ぶ男は――龍弥ではない全くの別人だ。どこかで見たことのある顔だった。
――確か三年生の――。
「あれってあいつの彼女じゃなかった?」
紗葉良の訝しげな視線に気付いたのか斗貴央がすぐ横に顔を並べて告げる。
男の名前を思い出そうと神経を回していた紗葉良は斗貴央の気配に気付かなくて一瞬肩を揺らした。斗貴央は見たこともない男が夏奈の腰に手を回しているに気付き、怪訝な顔で紗葉良を見る。
「二人って別れたの?」
「――わかんない。夏奈ちゃんとは全然口、聞いてないから……」
「じゃあ、あいつとは?」引っかかったらしい斗貴央の返しは間髪なしに鋭く入った。紗葉良はやましくもない筈なのに一瞬返事が遅れる。
「あ、昨日、たまたま廊下で会ったよ。一言二言しか、話してない――けど」
笑って話しているつもりの頰がなぜか引きつる気がした。
「何か言われた?」
「――ピアス、いいなって」
「俺とお揃いだけどな!」
わかりやすいヤキモチで斗貴央が声を張る。
「うん、そう。お揃いの。当たり前じゃん、俺が斗貴央とお揃いにしたかったんだもん」
斗貴央の拗ねた顔が可愛らしくて紗葉良は自然と笑みが零れた。その膨れた頰を細い指で撫でると口が開き「チューしたい」と漏らした。
もう、台無し、この男。と紗葉良はがっくり頭を落とすが誰にも見えないようにテーブルの下の手を握って「お家についてからね?」と甘く囁いた。
向かい合ったのソファシートには学生鞄が持ち主と同じく肩を寄せ合い並び、そこには二人が水族館で買ったペンギンのキーホルダーも誰かに見せつけるように2個、仲良く並んでいた。
「あ゛っ!」
思っていただけのはずが、完全に音になって斗貴央の口から思わず出た。
声に気付いた龍弥が無表情のまま振り返り、目線を合わせた。
「よ、よぉ」と、喧嘩に巻き込んだ引け目もあってか斗貴央は思わず愛想笑いが出た。
「――ヘラヘラすんなよ」
龍弥の返事は最高に愛想がなかった。単純な斗貴央はすぐに苛立ちが顔に出た。
「悪かったな!」
龍弥はクスリと笑う。なんだ、余裕かよ、クソ。と斗貴央は心の中で暴言を吐く。
「お、お前さ!彼女どうした?」
「――どうって?どうもしないけど?」
ハイハイそーですか、つまんないこと聞いちゃいましたね!と、そんな斗貴央の思考は本人が思っている以上に顔に出ている。
「愛想が尽きたのかもな、ここ暫く会ってない」
「――え?」
吐き捨てるように笑って呟いた龍弥を見て斗貴央は黙る。
「あいつは意地になってただけだ。男の紗葉良に負けたくねーってな。今頃拍子抜けしてんのかもな」
「じゃあお前はッ……」
それ以上口にしては駄目だと自制心が働いた。
言葉にしたら取り返しがつかなくなりそうで斗貴央は恐ろしかった。
――お前は、紗葉良のことを……
すでに龍弥には斗貴央の心が聞こえてしまったのか、先にこの場を終わらせたのは龍弥だった。
「じゃあな」
斗貴央は「ああ」と小さく返しただけで暫く動けずに遠くなって行くその背中を見送った。
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