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宣言
吉野は教室へ続く廊下の先で大きな図体の男が自分を待っていることに気付き、恐る恐る声を発した。
「よ……お、斗貴央 」
「オハヨー、よっちん」
「あのさ……」
「昨日はごめん」
吉野の気まずげな声を斗貴央は少し早口で遮った。
「いや、俺こそごめん。お前の友達になんか――変なこと言って――」
「うん――……」
斗貴央は少し口を開けてまたすぐに閉じて、少し逡巡し、もう一度スッと息を吸って口を開けて強く声を出した。
「俺。あいつのこと好きなんだ」
吉野は耳に届いた言葉を聞き間違えたのか、それとも思わず耳が拒否したのか、斗貴央が一瞬何を言ったのか即座には理解出来なかった。そのせいか驚きで大きく開かれた口からは何の音も出ていなかった。
斗貴央は気にせず吉野を真っ直ぐ見たまま続ける。
「俺のことイヤなら、いいよ?無理しなくて。でも――絶対、絶対にあいつのことは悪く言わないで欲しくて。俺のことは好きに思っても言っても良いからさ」
自分は胸にある言いたかった事を全て友人に伝えられたせいか、憑き物が落ちたような潔い顔をしていた。驚きやらなんやらで先ほどから顔が七変化している吉野の事など御構い無しだ。
「それだけ――言いたかった」
吉野はハァ〜っと肩を落としながら大きなため息をつくとすぐに笑顔を作り、自分より高い場所にある斗貴央の肩を力強く引き寄せた。
「あ〜俺、泣きそう」
「――ショックで?」
「違うよ!お前がそーんな声でさ、そんな顔で言うんだもん。俺、なんか自分が恥ずかしくなってきたわ」
吉野の目尻が少し赤くなっているように見えた。それを隠すかのように斗貴央から顔を背け、窓から外に視線をやる。
「すげーな、あの子。お前のことこんなにしちゃうんだ!もう魔法レベルだよ」
「うん、すげーよ。優しくて優しくて、強くて――、俺はなんにも敵わない」
斗貴央は頭の中で大好きな恋人の眩しいあの笑顔を思い出してとても幸せそうに笑った――。
惚気んな、と吉野に横から小突かれる。斗貴央はものすごい理不尽さを感じた。
「そうか。それであんなに怒ったのね、納得した」
松屋は腕を組みながら口の端を上げ、バツの悪そうな顔で話す吉野を見た。恨めしそうに見ただけで吉野は黙ったままだ。
「いいなぁ、健気な斗貴央とかギャップ萌えじゃん」
「は?!萌え?!?!」
あまりにも誰かさんには似付かわしくないその単語に吉野は顔中の筋肉が強張った。
「あっ、ごめんなさい!」
よそ見していたせいで紗葉良 は廊下の曲がり角で人とぶつかり、反射的に謝罪の言葉が口をついた。心配した相手は自分のよく知る男だった。
「龍弥 ……」
そう呼ばれた男は表情を一つも変えずに紗葉良をまっすぐ見た。そこに言葉はない。
「顔の怪我……、綺麗に治ったんだ。よかった」
自然に話したつもりだったが龍弥はフッと吹き出すように小さく笑った。何か変だったかな?と紗葉良は内心首を傾げる。
「顔色、良くなったな。お前」
それは何ヶ月ぶりかに聞いた、紗葉良の知る龍弥の優しい声色だった。頰が一気に火照るのを誤魔化すように紗葉良は慌てて自分の両頬を手のひらで抑えた。
「か、顔色?そう?」
紗葉良はなんだかソワソワして龍弥の目を見れない。なんだか顔も勝手に熱くなる。
「ピアス、いいな――」
そう呟かれ、こっそり盗み見た龍弥はとても自然に笑っていた――。
思わず気後れした紗葉良が返事をする前に龍弥はいつものように見慣れた背中を見せ、次第に遠くなって行く。
「――何それ、ズルイ」
ひとり残された紗葉良は、やけに早く打つ鼓動の音を聞こえないふりしながら、遠くなっていく背中を目だけで追った。
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