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耳朶(※)

「もう!斗貴央(ときお)!」 「なに〜?」 「なに?じゃなくて!左手握られたらページ捲れない!勉強教えてって言ったの斗貴央だよ?」  二人が初めて出会ったファーストフード店の中で二人は今、横並びに座り、紗葉良(さはら)は斗貴央の課題の手伝いをしていた。 「やっぱ家でやろーよ」 と、外見に似つかわない甘えた声で大きい子供が駄々を捏ねている。 「ダメ!家じゃ絶対勉強どころじゃなくするから、だから外でって言ったの!」 「紗葉良のケチ」 「ケチで良いから。ホラ、ちゃんとしなさい。俺の字読める?」 「うん、綺麗」  そうですか、と呆れるように紗葉良は返した。  二人は知り合ってから殆ど友達期間もないまま恋人同士に発展してしまった。紗葉良は斗貴央の容赦ない恋人としての甘さに自惚れないように自制するのに必死だ。  ただでさえ長い間、叶いもしない片想いに時間を費やし、無駄に傷付き、家族からの愛情にも飢えていたところに斗貴央の甘さは最早毒に近い。  例えは悪いが麻薬みたいなものだろう――。  一度味合えば離れがたく、無ければ禁断症状に苦しみ、与えられれば狂ったように愉悦に浸り、一生離したくなくなる。  もっともっと、その濃度を上げたくなる。  呑気に目の前でヘラヘラと甘く笑う男はこの無自覚の恐ろしさに全く気付いていないのだろう。  紗葉良は気の重さに心の中で盛大なため息をつく。 「あれ?斗貴央??」  聞き慣れた声がした。吉野だ。後ろには松屋が並ぶ。 「よっちん、松っちゃん」  そう呼ばれた二人の友人たちは斗貴央の同伴者に気付き酷く驚いた様子だ。 「え、え、なに、斗貴央、え??え?おんなのこ???めっちゃかわいいんですけど……」  吉野はあまりの動揺にうまく言葉を紡げない。ちなみに最後の言葉は本人的には口にしているつもりはなかった。松屋が呆れた顔をする。  紗葉良は座ったまま軽く会釈し、申し訳なさげに声を出す。 「いや、男です。はじめまして」 「ええっ?!マジで??はじめまして!つか斗貴央の友達?!」  吉野の興奮と好奇心は止まらないようだった。ギリギリの距離まで紗葉良に顔を近付ける。松屋は後ろでかなり苦い顔をしていた。 「すげー美人じゃん!男にしとくの勿体無いねえ!!女の子だったら俺マジでお願いし」  バシャリと冷たいお茶が吉野の顔に掛かり、興奮していた声は強制的に途中で途切れた。  あまりの突然のことに紗葉良も、近くの客たちも唖然としていた。斗貴央は荷物を全て掻き集め鞄にしまい、紗葉良の手を引く。 「行こう、紗葉良」 「斗貴央てめぇ!!何しやがる!!」吉野の怒りは当然のものだった。  斗貴央はピタリと止まり顔だけ振り返って吉野を見た。今まで一度たりとも吉野には向けたことのない、酷く恐ろしく、まるで殺意でもあるかのような顔付きだった。吉野はその迫力に思わず息を呑む。 「――殴られなかっただけマシだと思えよ」  斗貴央は低い声でそう言い捨てると客の注目も気にせずにさっさと紗葉良を連れて店を出た。残された二人から申し訳なさそうに客たちがゆっくり視線を外していく。 「俺も、そう思うわ。殴られなくて良かったな。よっちん」松屋は吉野の背中を軽く叩いた。吉野はまだ青白い顔のまま呆然としていた。 「と、斗貴央っ!待って、歩くの速いっ!足の長さ考えてよっ!斗貴央!ねぇ!俺気にしてないから大丈夫だよ!友達だって冗談のつもりで言ったんだよ!」  紗葉良はどんどん進もうとする寡黙な背中に必死に呼びかける。大きな男に引きずられるように後ろを懸命に早歩きしている紗葉良を通行人たちが思わず二度見していた。  恋人の歩幅も考えずに大股で前を歩いていた斗貴央がいきなりピタリと止まる。紗葉良は余韻でよろよろと斗貴央の背中にぶつかった。 「ごめん――、紗葉良。俺、こんなんじゃダメって――わかってる、のに――」  そう告げる背中は小さく震えている――。 「――斗貴央、寄り道していい?」  紗葉良はいつものように優しく笑った。 「な、なんでピアス???」  紗葉良はドラッグストアで使い切りのピアッサーを購入し、自宅に着くなり早々にパッケージを開けている。その手際の良さと反比例するように斗貴央の動揺も冷や汗も止まらない。 「斗貴央がピアス開けてるから。お揃いに出来ると思って」 「けどっ、耳朶に穴開けるんだよ?!」 「斗貴央も開いてるよ?」 「俺はいいの!俺は痛いのに慣れてるから」  何それ、と紗葉良はからりと笑う。 「ハイ。やって」と斗貴央の手にピアッサーをポンと乗せる。 「やっ、やってって!」  毎日のように喧嘩ばかりして怪我や痛みに慣れているはずの男が白い顔をしてひどく怯んでいた。  紗葉良は試すように意味深な笑みを浮かべる。 「俺ね、斗貴央に"突っ込まれる"の、嫌いじゃないから」 「言い方!!!!!」 「責任取るのも慣れてるでしょ?」 「バ、バカッ!!」  斗貴央はどこのうら若き乙女かと思う程に顔を真っ赤に火照らせていた。  斗貴央はね、絶対に俺を傷付けたりしないから大丈夫だよ――。  そんなに周りの音に怯えないで――傷付かないで、俺はもう簡単に他人の言葉に傷付いたりしないから――――斗貴央がそばにいてくれたら俺は絶対に絶対に負けないから……。 「あ……っ」  ゆっくり慣らした紗葉良の後ろ側に斗貴央の硬くなった熱の塊が狭そうに割って入る。 「好き、斗貴央――」  紗葉良の甘い声を紡ぎ出す濡れた唇を塞ぐと、中に入った斗貴央自身が絡みつくように強く締め付けられた。 「紗葉良……、奥まで挿れたい――」 「うん、いい、よ」  少し我慢がきかなかったらしい斗貴央は一気に深いところまで入り込む。紗葉良は腰を浮かせて突然の刺激に耐えた。今日はきっと何度もこの熱に抱かれるのだろうと紗葉良は妙に興奮した。  耳朶の痛みからくる熱が全身に広がって紗葉良を酔わせているのかもしれない。涙で滲む大きなその瞳は斗貴央を惑わすように揺れていた。 「斗貴央、もっと――」  その言葉の続きは聞くことが出来なかった。斗貴央が先走って激しく紗葉良を責め出したせいだ。  紗葉良が伝えたかった本当の願いは、もう斗貴央にはわからない――

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