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不安(※)

 冷水で両手を洗っても湧き上がる嫌な熱が下がることはなかった。さっきまでの熱とはまた違う――  これは嫉妬の熱だ――。  斗貴央(ときお)は今も忘れることが出来ないでいた――。  愛おしそうに龍弥(りゅうや)を抱きしめては後悔で苦しそうに泣き続けるあの紗葉良(さはら)の姿を――――――アイツは――すぐに紗葉良に手をあげるし、無茶苦茶暴言も吐くし、付き合ってる女だっている――のに、紗葉良を助けに来て、庇って、自分は怪我をした――――あれが本当のアイツなんだ――。  なのに無理難題を押し付けて、わざと傷付けて、紗葉良が自分を嫌うのを待っていた――。  ただ口にしないだけで、心だけで良いならきっと、アイツは紗葉良を受け入れていたと思う――。 「それでも良いかって、アイツが言ったら……」 ――紗葉良はきっと俺なんか捨ててアイツを選ぶんだ……。  斗貴央は教室へ帰る廊下の途中、辿り着いたその恐ろしい結末を想像し、ひとり崩れるように蹲ってしまった――。 「痛ッ」  逃げようとする紗葉良を後ろから捕まえて斗貴央はその身体に自分を捩じ込んだ。 「痛いッ、やだっ、斗貴央っ」  紗葉良が嘆いても、訴えても、斗貴央は止める気配がなかった。斗貴央自身に塗りたくったジェルがぬるぬると紗葉良の狭い場所からいやらしく溢れている。  しばらく紗葉良の中にある弱い場所を擦りながら揺すると、痛みは落ち着いたのか赤く火照った顔をシーツに埋めながら紗葉良は突かれるたび、喉から勝手に出ようとする声を我慢していた。  紗葉良が心細げにしているのがわかったのか、斗貴央は紗葉良をゆっくり引き寄せて正面から抱いた。自然と広い背中に細い腕が回され斗貴央はその温度に目を閉じどこか辛そうに囁く。 「……紗葉良、ごめん。ごめん――」  どうして斗貴央はいつも謝るのだろう、と苦痛と快楽の狭間で紗葉良はぼんやりと思考する――――謝ってばかりいられると、まるで自分が斗貴央にひどいことをしている気分になる――。  紗葉良はもう何も考えたくなくて濡れた瞳を閉じ、一筋の涙を零した。  バシン!と乾いた音が部屋の天井に響いた。  紗葉良が斗貴央の頰を打った音だ――。 「斗貴央は!俺に会いたいの?えっちがしたいの?」 「……両方」  その素直すぎる返答に紗葉良の怒りはさっきより余計に増したようだ。振り上げられた握り拳を見て斗貴央は慌てふためく。 「だって!紗葉良だから会いたいしっ、えっちしたい……お前だから、だって」 「他としたことないくせに!」  紗葉良の怒りの鉄拳は斗貴央の代わりにベッドに投げられてあった枕が受けた。 「〜〜〜ッ。紗葉良は俺とヤっても俺のこと、好きになんねーの?痛いだけ――?辛いだけ――?俺……どーしたらいい?」 「――斗貴央……?」  斗貴央は今にも泣きそうな顔だ――。まるで捨てられた子犬が所在無さげに震えているかのように見えた。紗葉良はぎゅっとその頭を自分の胸に引き寄せた。 「斗貴央、違うよ。好きだよ、変な事言うな。俺は斗貴央のことが大好きだよ」  だけど俺は二番目だ――、と斗貴央は女々しい本音を声にはしなかった――。 「もっと――好きになって……」 「うん、なる。一緒にいてくれたら自然になっていくから――一緒にいよう?」 「うん。いる――」  子犬は少しだけ元気を取り戻したようだ。小さく笑って戯れるみたいにキスされる。 「斗貴央って本当、損してる」 「なにが?」 「もういーよ!」  次のキスは紗葉良からした。  不意に紗葉良の視界にあるものが入り、ドキリとする。 ――龍弥から、いや正しくは夏奈から贈られてきたあのクマのキーホルダーだ。  紗葉良の冷たい視線に気付いた斗貴央は目線を追い、小さく「あ」と、漏らした。斗貴央はそのキーホルダーが紗葉良に取って具体的な存在意味はわからないものの、気分の良いものでないことだけは初対面のあの出来事から汲んでいた。 「なんか……すごく昔の事みたいに感じる。まだ1ヶ月も経ってないのに……」  紗葉良は斗貴央を胸に抱いたままポツリと零す。 「やだったら捨てるよ?いや、捨てる!今すぐ!!」  斗貴央は紗葉良の腕の中から飛び出しすぐにキーホルダーをゴミ箱に投げた。そしてすぐにベッドに戻り今度は自分が紗葉良を抱きしめる。 「別の――、二人だけの記念、作ろう」 「――うん」  優しい斗貴央の声に紗葉良はうっとりするように瞼を閉じた。

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