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第1章 龍は騒々しい

     0  あの日が近づいてくる。  恋人たちのためのあの日が。  手作り?  それとも市販品?  もらうのは慣れてるけど、あげたことはない。  もらったものは市販品以外捨てた。  市販品は家族にあげた。  手作りほど恐ろしいものはない。  髪の毛とか血とか入っているに決まっている。  家族から市販品の感想は特に聞いてない。  1秒でも早く目の前から消してほしかったから。  あの日を誰よりも恐れていた俺がまさか、あげる側に回るなんて。  だから全然知識がない。策略もない。  誰に聞けば。  誰か。    龍はチョコ色にときめく 第1章 龍は騒々しい      1  散々悩んだ末に、里親のトールさんに相談した。  男なんだけど仕事で女装をしている変わった人だ。 「ううん、ごめん。俺はあんまり役に立たないかも」  そう言われてしまった。 「あげたことないわけじゃないし、毎年あげてるんだけど、その辺のスーパーで買った適当なやつだし。向こうも味なんかわかってないし。なんか、消化試合的なイベントになってるかも」 「マジですか。え、いいんですか?そんなんで」 「いいも何も。割とイベントごとには冷めてるよ、俺んとこ」 「え、誕生日とか、結婚記念日とか」 「だって向こう仕事だし、どんだけ準備してもドタキャンなんか定例で。感情とか冷めちゃったかな」  聞いた相手が悪かったわけじゃなくて、別の問題を浮き彫りにしてしまった。 「あの、えっと、すみません」 「なんで白君が謝るのさ。でもそうゆうのは俺じゃなくて別の」 「います?」  トールさんが腕組みをして唸る。 「いなくないすか?」 「白君、友だちとか」 「いると思います? いたとしても俺のこの悩みは女性側でしょう」 「確かに?」 「赤火(あかほ)はまだ恋人も作ったことないし」 「頼りになる年上の女性ねえ」トールさんが首を傾げた。「いたわ」 「え、誰すか」 「先生」  先生というのは、俺の主治医。精神科医の瀬勿関《セナセキ》先生。 「え、あの人独身じゃ」 「あ、言ってない? 研究所の看護師と再婚してる」 「そうなんですか?」  研究所の看護師?  あの人か。 「ちなみに亡き前夫との間に娘がいる。一緒に暮らしたことないらしいけど」 「先生、結構複雑なんすね」 「俺がバラしたって言わなくてもバレるかな」 「でもなんで先生?」  そんな境遇なら参考になるかどうか。 「先生ね、チョコ大好きなの」  ああ、それなら。  超参考になりそうだ。      2  毎週金曜の仕事終わり、俺は先生の研究所へ行って診察を受ける。  先生の職場は国立更生研究所といって、とても大々的な研究をしているらしい。詳しくは知らないし、俺の病気と関係ないので先生も敢えて話さない。 「チョコ? ああ、そうか、もうそんな時期か」先生がPCでカルテをまとめながら言う。 「旦那さんにあげるんですか」 「いや、私が私のために買って食べる」 「旦那さんは欲しがらないんですか」 「甘いものに興味がない」 「先生にお願いがあるんです」 「なんだ、改まって」 「チョコを買いに行くときに付き添ってもいいでしょうか。荷物持ちでもなんでもしますんで」 「白﨑に渡すのか」 「はい」 「まずはチョコが好きかどうか確認した方がいい」 「そんなことしたらサプライズにならないじゃないですか。それにチョコが嫌いだったら俺が食べます」 「一緒に食べれるようなチョコを買えばいいわけだな」 「はい。でもどこでどんなチョコを買えばいいのか全然知識がなくて」 「私の趣味と合うかな」 「試しに食べてみることならできます」 「試食もできて、選べるような。ああ、いいのがある。明日、空いてるか? 付き合え」  と、あれよあれよと言う間に。  百貨店の催事場に行くことになった。そしてなぜか、妹の赤火が付いてきた。 「なんでお前まで」 「私だって白兄のお手伝いしたいの」赤火が言う。「女子の意見聞きたくないの?」 「あのさあ、あげる相手は女子じゃないんだよ」 「あ」赤火が口に手を当てる。  理解したらしい。 「ごめんなさい。私、帰る」 「赤火、お前、チョコ嫌いなのか」先生が呼び止める。「このチョコの世界を眼の前にして帰れるのか」 「私の稼ぎで買えますか?」 「それを一緒に探せばいい。なかったとしても試食もできるし、機嫌が良ければ私が買ってやることもできる」 「いいんですか?」 「だから私の機嫌次第だと言っただろ。私の機嫌を損ねないように、ほら、一緒に回るぞ」  バレンタインのために集められたチョコのブランドなだけあって目移りする。先生は一通り食べたことがあるらしく、これはどうとか、あれはどうとか簡潔に総評を言って述べた。店員が複雑な顔で見守っていたのは知らん顔した。  それより凄まじい混雑で先生の総評をいちいち相手にしている余裕は店側にも、大量に押し寄せた客側にもなかった。本日限りしか店を構えない限定ショップとか、1日に100個しか売らない超貴重なチョコとか、先生はそっちの方に気が行っていた。  俺は先生が簡潔に述べた総評を元に、見た目と予算である程度絞った。  先生が1日100個限定チョコをゲットできたため、機嫌がかなり良くなった。おかげで赤火が欲しいチョコも、俺が欲しかったチョコも先生が会計してくれた。 「ありがとうございます!!」赤火が嬉しそうにする。 「これはまだ序の口だからな?」先生が言う。「これが美味いと思ったらまた私のチョココレクションの一角を公開してやらんでもない」 「いいんですか?俺まで」  そういえばチョコのことで頭がいっぱいで気になってなかったが、売り場は9割以上が女性客。俺と赤火は先生の子どもくらいに思われていただろうか。いつもは感じる熱い視線もチョコの前では俺なんか霞む。なんにせよ、有り難かった。 「腹が減ったな。何か食うか?」先生が言う。  百貨店の上の階にあるレストランでビュッフェをご馳走になった。今日は先生に奢ってもらってばっかだ。 「私も、親戚の子を連れて歩いているみたいで楽しいのさ」先生は機嫌良くそう言ってくれた。  さて。  龍さん、喜んでくれるかな。

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