1 / 6
第1話
「やだ〜遥希くんって意外と力持ちなのね」
「ほんとほんと、線が細くても男の子なのね〜惚れ直しちゃうっ」
「遥希く〜ん、こっちも手伝ってくれない?」
次々に飛び交うマダム達の黄色い声。
伊藤遥希 28歳。
極めて平凡な容姿で、極めて平凡な人生を送ってきたが
ここ数ヶ月で人生初のモテ期を迎えたようだ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいね、これが済んだら向かいますので!」
「頼もしいわねえ〜」
「ちょっと!都合よく使うのはやめなさいよ!」
ショッピングモールの一角に設けられたクッキングスタジオ。
消防法か何かの都合で建物の一番端に位置している為、人通りが少なく
ガラス張りの構造でも外からジロジロ見られることは無い。
レッスンは90分制で、俺は毎週火曜日の18時に参加している。
その日の参加人数によって異なるが、
3人〜5人ずつのグループに分かれて共同作業を行う仕組みだ。
このスタジオは99%が女性で、若い男が珍しいせいか、俺はアイドル的人気を誇っている。
マダム達が毎週俺を取り合い、グループ分けで時間をロスしてしまう為
最近は公平性を期す為にあみだくじで決めるようになった。
初めは戸惑うばかりだったが、通い始めて3ヶ月にもなれば、この扱いにもすっかり慣れっこである。
今日のメニューは『本格四川麻婆豆腐』。
香辛料を組み合わせて本格的な味を学ぼう、というのが本来のテーマだったが
中華鍋を振るう段階で挫折するグループが続出。
参加するマダム達はそれぞれ職業は異なるものの、全員子育て経験があり、
鍋の扱いは慣れっこではあるが、中華鍋となると話は別らしい。
「年をとると腕が上がらないのよ〜」と言い訳を聞きながら
全グループから招集がかかり、俺は計4回も鍋を振るうことになった。
「はぁ、流石にしんどいです」
「遥希くんありがと❤️かっこよかったわ〜」
「ほんと助かったわ!後片付けは私たちに任せてちょうだい!」
「え!いいんですか!頑張った甲斐があるなぁ」
都合よく使われただけな気もするが
母親が急に増えたような感覚で、何だかんだ楽しく過ごしている。
「遥希くんお疲れ様、段々職人に見えてきたわよ」
「お褒めに預かり光栄です」
爽やかな笑顔で労ってくれたのは、講師を務める友永アカリ先生。
元々栄養士として働いていたが結婚を機に引退し、
今はこのクッキングスタジオで働いているそうだ。
美人で人当たりもよく、マダム達からの評価も高い。
「さぁみなさん!盛り付け完了したらいただきましょう!」
「は〜い!いただきま〜す!」
ハキハキとしたアカリ先生の指示の下、
皆が一斉に挨拶し、出来上がった料理を実食する。
この瞬間がたまらなく幸せなのだ。
「うんま!やっぱ中華鍋で作るとこんな美味しいんだ!」
「そうね、一気に熱が伝わるから。でも普通のフライパンで作っても、今回と同じ味付けにしたら十分美味しく仕上がるのよ」
「へぇ、試してみよっと」
「遥希くん、勉強熱心で偉いわね」
「ほんとほんと、うちの嫁に欲しいわ〜」
「何言ってるんですか、俺は男ですよ」
アカリ先生のアドバイスを貰いながら
マダム達の冗談を受け流していると、あっという間にレッスン終了時間を迎えた。
「ではまた来週、お疲れ様でした」
「「「ありがとうございました」」」
楽しい時間はあっという間。
家族が待つ家に帰宅する人もいれば、子供の塾の送り迎えに向かう人もいる。
さっきまで過ごした仲間達が、一斉に現実世界へ戻って行く瞬間だ。
それぞれ別の人生を歩んでるんだなと、何だか少し寂しさを感じながら帰路につく。
ともだちにシェアしよう!