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第2話

「ただいま〜」 誰もいない空間に挨拶をして、まずは風呂に入る。 10畳1Kの部屋で一人暮らしをして早5年。 もう少し広い所に引っ越すことも考えたが、 オートロック付きで安全だし、8階のこの部屋は日当たりもよく、 独身男が生活するには十分である。 そして何より、キッチンのシンクが広く コンロが二口も付いている所が気に入っているのだ。 実家を出てからは、節約の為にも簡単な自炊をするようにしていたが 味付けやレパートリーに飽きてきてしまい、 去年からはSNSの動画を真似して試行錯誤していた。 「時短レシピ」 「簡単作り置きレシピ」 「フライパン要らず!レンジで出来るお手軽レシピ」 など、バズっているものは一通り試してみたが 火の通り方が均一じゃなかったり、味が染み込みにくかったりと 自分ではうまく再現することが出来ず、 結局は丁寧に下ごしらえした美味しさには勝てないなと感じていた。 そんなある日、家のポストに入っていたチラシ。 ー 初心者歓迎 ー ー 男性も大歓迎 ー ー 初月月謝半額 ー ー 入学金免除キャンペーン実施中 ー あの大手クッキングスタジオ「Cooking POP(クッキングポップ)」が 最寄駅のショッピングモールへ出店したらしい。 何となく女性ばかりのイメージだけど 初月月謝半額なら試す価値ありかも…? 万が一、馴染めずにすぐ辞めることになっても 料理の勉強にはなるし、経験が無駄になることはないはずだ。 そう信じて、今年の1月に体験教室へ参加。 案の定男性は一人もおらず、マダム達の勢いに圧倒されていたが アカリ先生のハキハキとしたレッスンは分かりやすくて楽しく、 これなら続けられそうと思い、意を決して入会したのだった。 医療機器メーカーの営業事務をしている遥希は 水曜・日曜が固定休みで、それに加えて祝日休みがある。 一般的なサラリーマンとは異なるシフト体制だが どこも混雑している土日に休むより、平日に休む方が予定が組みやすくて気に入っている。 ただ、休み前夜である火曜日の夜は 他の会社に勤める友人達と都合が合わない為、飲みに行くことも叶わず、毎週時間を持て余していた。 ひとり寂しく晩酌して寝落ちする生活から一変、 Cooking POPへ通うようになってからは 仕事終わりに人とのコミュニケーションが取れて、暖かいご飯を一緒に食べられて 以前よりも健康的で充実した夜を過ごせるようになったのである。 身長約170センチ、体重約65キロとやや細めの遥希だが 食欲は成人男性並みだ。 レッスンの際に一応食事は済ませているものの 帰宅して風呂から上がる頃には、いつも小腹が空いてしまっている。 「今日はしらすと枝豆ご飯だぞ〜」 ウキウキしながら炊飯器をパカっと開けると、あたたかな湯気とともにごま油の良い香りが漂う。 出勤前に米と材料を入れ、帰宅時間に合わせて予約設定をしただけであるが 手軽で簡単にお店レベルのクオリティに仕上がる。 流石に毎日作るのは贅沢だし、ノーマルな白ご飯も好きなので 普段炊くのは白米のみと決めている。 自分の為に作る釜飯は毎週火曜日限定のご褒美でもあるのだ。 「うんま〜!朝の俺、作ってくれてありがとう」 自然と今朝の自分に感謝してしまうほど美味しい。 3号炊きで作ったので、余った分はラップで包んでおにぎりにした。 翌日に食べるのも、それはそれで最高なのだ。 炊飯器を洗ってシンクの掃除を終える頃には22時を迎えていた。 今日も美味しかった、幸せだったと噛み締めながら、ひとり眠りにつくのであった。
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