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黒い蛇

今日はよく気がする。 嫌な予感から息苦しさを感じ、新人治療士ノエル・リンデジャックは、ほぼ無意識に自身の首下にある、支給されたばかりの真新しい深緑色のマントの結び目をギュっと握った。 マントの結び目の左横に付いている、薄い黄土色の琥珀石がついたピンが揺れる。 榛色(はしばみいろ)をした少しクセのあるノエルの髪の毛と似た色の宝石がついたピンは、今年試験に合格し治療士になった時に、育ての母親からプレゼントされたものだ。 魔除けになるからと強引に持たされ、いつも身につけるようにと言われたため、治療士の証となる深緑色のマントに付けてみた。 ノエルは意図していなかったが、薄茶色に緑がかったヘーゼルナッツの色をした自身の瞳と調和され、地味な深緑色のマントを纏っていても、どこか上品に仕上がっていた。 しかし、そのピンであっても、今ノエルの背筋に走る嫌な予感を払拭してはくれなかったようだ。 今回、魔物討伐統合部隊に配属された新人治療士のためのオリエンテーションが用意されていると言われ、ノエル・リンデジャックは他の新人治療士2名と共に、討伐部隊の拠点にある救護エリアの一室の椅子に座って待機していた。 おそらくオリエンテーション担当者が入っていくるためなのか、ノエル達が待機している救護室の部屋のドアは開けられていた。 嫌な予感を拭えないまま、ノエルが何気に開かれたドアの方に目を向けた時だった。 「なんだアレ…!?」 救護室を出たところにある廊下を、無数の小さな黒い点が集まり、蛇のように曲がりくねって地を這い、凄い速さである一点に向って進んでいった。 先ほどから視界の中にあった救護室内の複数の黒い点も、その蛇のような黒い点の集合体に合流する形で部屋の外に出て行った。 驚きのあまり、ノエルは思わず椅子から立ち上がった。 これまで宙に浮かぶ黒い点や、点が細い糸状に集まっている様子を目にしたことはあったが、蛇のように蠢いて地を這うように動く様子は見たことがなかった。 「ちょっと何さ、立ち上がったりして」 同じ新人治療士のコニー・ユーストマは、突然立ち上がったノエルに声をかけた。 コニーは、おかっぱボブスタイルの紫色の髪を持つ、ノエルと同年の男子だ。目が大きく、小柄なため、女の子とも見える容姿をしている。 ノエルは廊下を横切って行った黒い集合体の行方が気になった為、追いかけようと思い、咄嗟に慣れない嘘をついた。 「えーっと…忘れ物をしたのかもしれない?」 「ふふ、疑問形なんだ。」 ノエルの下手くそな嘘に小く笑い声を漏らしながら、もう一人の新人治療士、エミン・グスタフは優しく返した。 エミンは平民で働きながら治療士になった苦労人で、歳もノエルやコニーよりも10歳ほど年長であるため、二人にはない落ち着いた雰囲気を纏っていた。パステルブルーの長い髪を右側にまとめて耳にかけ流しており、背も高い。 「なんなのソレ。そういうキャラであざとく立ち回る気なわけ?」 エミンの優しい反応とは真逆の好戦的なコニーの態度を気にもせず、ノエルは部屋を出た。 救護室の部屋の中からは、勝手な行動をして信じられない!というコニーのノエルを非難する声と、面白い子だねと明るく笑うエミンの声が響いていたが、ノエルの耳には届かなかった。 「こっちに動いて行った気がする」 ノエルが黒い点の集まりが動いて行った廊下の先まで進んでいくと、緊急治療室というサインが掲げられた部屋にたどり着いた。 この部屋もドアが開いており、そのドアから、部屋に収まりきらなかった黒い点の集合体の一部がはみ出していた。 部屋からは数人の焦った声が聞こえてきた。 「一体何があったんだ!?ランドのこの状況は…魔力がほとんど感じられない…」 「リッツェン殿下、これはおそらく一度に大量の魔力を消費したことによる、過度の病魔ストレス症状かと…」 部屋の中から聞こえた言葉にノエルはピクリと反応する。 「病魔ストレス…」 ノエルは身に纏っていた深緑色のマントの内ポケットに入れていた、小さなガラス瓶を触った。 中には薄い桜色の液体が入っている。ノエル自らが精製した病魔ストレスに効く特効薬であった。 治療士として討伐部隊に配属が決まったとき、しばらく実家に帰れないからと、長年病魔ストレスの強い症状に悩まされている養父の為に、ノエルの生まれ育った島に生えていた聖樹から採取した葉で大量の特効薬を作った。 そのうちの一つを研究用として持ち帰っており、今日の自由時間にラボに寄って研究器具を借りて調べる予定であった。 地元のよく知った気候や水を利用してノエルが精製する特効薬は、ノエルの養父の症状に良く効き、市販薬のおよそ20倍の効果があった。 「他の人にも同じように効くのかはわからないけど…」 ノエルは、緊急治療室の中に入って行った。

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