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経験ならある

ノエル・リンデジャックは治療士になるまで、人から『深窓の麗人』と羨望の眼差しを向けられたり、妬みや嫉みからのネガティブな感情を向けられることがあっても、あからさまな侮蔑は受けたことがなかった。 ノエルはパラビナ王国の有力貴族の家系図に末端だが名を連ねていたし、三賢とよばれたアーサー・リンデジャックに小さい頃から鍛えられ、魔術師団学校を今年卒業したばかりの新人とは思えないほど、高い魔術スキルを持っていた。 「…ちょっと、入口の前塞がないでよね。邪魔なんだけど」 入口前にぼーっと立ちすくんでいたノエルに、コニー・ユーストマが苛立って声をかけた。おかっぱボブスタイルの紫色の髪を持つ、ノエルよりも背が低く、一見女子のようにも見える風貌をした新人治療士だ。 生まれて初めて侮蔑的な言葉を投げかけられたノエルは、ショックを受け、結局ラボには寄らず、治療士のミーティングが行われる救護室に半ば放心状態で辿り着いていた。 「…ごめんなさい」 コニーは、ふんと鼻を鳴らして、退けたノエルの横をすり抜けて部屋の中に入っていった。そのすぐ後ろから、同じく新人治療士であるエミン・グスタフがやってくる。ノエルよりも年上で背も高く、長い水色の髪を横に流して落ち着いた雰囲気を醸し出していた。 「おはよう。リンデジャック君。特命の任務についてたんだって?大変だったね」 エミンは柔らかく微笑んでノエルにそう優しく声をかけた。ノエルと一緒に室内に入り、二人は横に並んで座った。 本日のミーティングは、新人治療士三人が教育係の先輩治療士から業務内容の説明を受けるためのものであった。まだ、先輩治療士は来ていない。 「うん…そっちは大体落ち着いたんだけど…」 ノエルはエミンにそう答えた。ノエルがランドルフを治療していたことは特命任務としてまだ他の隊員には知らされていなかった。それよりも、先ほどラボで言われたことが気になってたノエルは、今度はエミンに質問する。 「治療士なんかと言われて、変なウィルスを持ち込むなと言われた場合、その|変《・》|な《・》|ウ《・》|ィ《・》|ル《・》|ス《・》ってなんだと思う?」 「えっ…えーと…それは…多分…」 「そんなの決まってるでしょ、性病のウィルスのことなんじゃないの」 質問を受けたエミンが、すぐに答えられずにいると、コニーがかぶせるように回答した。 「せっ、性病…??」 思わぬワードに、ノエルは顔色を青くする。 まさか、自分はあのラボの受付の魔術士に性病を持っていると思われていたのか。だから白いローブの貸し出しを拒否されたのか…ノエルの頭にそんなことが浮かんでくる。 「だって『男娼』って陰でよばれてるでしょ。ここでの僕たちは」 コニーは、なんてこないというように、言い切った。 顔を、青くしているノエルに気づき、エミンは慌ててフォローする。 「でも、そんなこと言う人ばかりじゃないだろうし…この討伐部隊には、リッツェン殿下も隊長として派遣されてきていらっしゃってるし、そういう差別などを嫌うお方だと聞いてるよ」 リッツェンの名前を耳にしたとたん、コニーのテンションがあからさまに上がった。 「そうなんだよ!リッツェン殿下は、治療士を見下したりされないんだ。素晴らしい方だよ!あの美貌で、魔術騎士で第2討伐部隊の隊長だなんて…素敵過ぎる!!」 コニーはキャーキャー言いながら、一人で盛り上がって頬をピンクに染めている。 「リンデジャック君はどこかでそんなことを言われたの?」 エミンは、ノエルに尋ねた。 「なんていうか…その…」 咄嗟になんて言おうかノエルが言い濁していると、コニーが口をはさむ。 「だいたいさ〜、ヤる前に相手のアソコを見たら、性病にかかってるかどうかなんてすぐにわかるでしょ?匂いだって臭いだろし、勃ちも悪そうだしさぁ。僕だったら、そんなの見せられた瞬間、すぐに上手くかわしてとんズラしちゃう、キモチワルイもん」 ねぇ?というように、コニーがノエルとエミンに声をかける。 さっきから青くなっていたノエルは、今度は顔を真っ赤にして、目を見開いて固まってしまった。 そんなノエルの初心な姿に、コニーとエミンは驚いた。 「ちょっと…何、まさか経験ないとか言わないよね?」 「ユーストマ君、リンデジャック君は慣れてないのかも。もう少し言い方とかオブラートに包んであげたほうが…」 「けっ、経験ならある!」 顔を真っ赤にして、目線を下に向けながら俯くノエルに、コニーとエミンは、未経験かぁ…とノエルに生暖かい視線を向ける。 そんな視線に気づいたノエルは誤解をされていると思い慌てて続ける。 「一人だけど!ここでの治療士の仕事もその…理解してるし」 そうノエルがカミングアウトをしたところで、先輩治療士が登場し、突然はじまった新人治療士3人の何気ないおしゃべりは強制終了となってしまった。

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