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深窓の麗人
ちょうど3日前、ノエル・リンデジャックは、ヒュドラというS級の魔物の攻撃を受け、瀕死状態の第1討伐部隊の隊長ランドルフ・ヴィクセンを治療した。魔物討伐統合部隊に派遣され治療士としての、初めての仕事であった。
その治療の時、図らずもファーストキスをランドルフに捧げてしまったノエルは、王立魔術師団学校で3年間ずっと同じ寮で同室だった、ニック・ハーヴィの言葉を思い出しのだった。
『…やっぱりキスは、ノエルちゃんが本当に好きになった人のためにとっておいた方がいいよ。それ以外は、全部教えてあげるね…』
言葉通り、ニックにキス以外のことを手とり足取り教えてもらったのだが、ノエルは生まれて18年、まだ誰も好きになったことがなかった。
もしかして、自分は人を愛せない人間なのかもしれないと、養父に相談したら
『私もずっとそうだったから、君の気持ちはわからなくもないけどね。でもきっと、すとんと恋に落ちて、愛する気持ちが心の底にわいてくるのを感じることができるよ。魔力を感じるのと同じ塩梅でね』
というアドバイスをもらっていた。
(アーサーは、あの時真剣な目をしていたからきっと嘘は言ってない。でも、本当に僕が誰かを好きになる時なんて来るのだろうか…)
ノエルが廊下を歩きながらふとそんなことを考えていると、先程リッツェンに使用を許可された、第2討伐部隊のラボに到着した。
配属されたばかりではあるが、ラボの場所と救護室の場所はすぐに覚えることができた。食堂の場所などは、何度地図をみても記憶に定着せず、昨日は休憩時間丸々使って迷い続け、お昼ご飯を食いっぱぐれてしまった。
ラボの入り口前の受付には、黒いマントをつけた魔術士が立っていた。ノエルの深緑のマントをみて明らかに警戒している。
ノエルが受付で名前を告げると、やはりといった顔つきになり、無言で着替えるためのロッカーの鍵を渡す。
通常、ラボで研究する時には、白いローブを着用する決まりになっていた。治療薬などを精製する時には、清潔な衣服で行うのが良いとされているからだ。
ノエルは鍵をみて、白いローブを持ってきていないことを思い出した。
「ごめんなさい…貸出用のローブはありますか?」
ノエルは、受付にいる魔術士に尋ねた。
「治療士なんかに貸し出すローブなんかあるわけないだろ。変なウィルスを持ち込まれてもこまるからな」
魔術士はそう吐き捨てると、受付の奥に引っ込んでいった。
ノエルは、呆然と受付に立ちすくんだ。
***
王立魔術師団学校は、パラビナ国内4つの地方に各1校ずつあり、15歳以上になったら、ある一定の条件を持って入学を許可される。
そこで3年間寮生活をして、1年生から2年生の間は座学、最後の3年生の年には、王都エンペラルにある3年生専用のキャンパスで、1年間実習を行うことになっている。
卒業試験として、国家資格である、魔術騎士・魔術士・治療士の試験があり、どれかに合格するとはれて卒業、不合格であれば、1年間実習をやり直すことなるという厳しい学校であった。
タースルという小さな島、別名星島にある王立魔術師団学校に通っていたノエルは、入学当初からかなり目立っていた。
ここ最近の魔術関連の文献には必ず載っている、三賢とよばれるパラビナ王国の英雄の一人、アーサー・リンデジャックの息子であったからだ。
国の有力な貴族の家系の出身でもある、アーサー・リンデジャックに実は息子がいたということにも、星島の住民たちは驚かされたが、それに加えて、息子、ノエル・リンデジャックは、人々の目をひく容姿をしていた。
アーサー・リンデジャックと同じ、榛色の髪の毛を持ち、瞳の色は薄茶色に緑が差し込んだあまりない、ヘーゼルナッツの色をしている。肌は透き通るように白く、小さくツンととがったあごに、小さいが整った鼻筋…入学当初、ノエルは15歳とまだ幼さが残っていたこともあり、どごぞの貴族のご令嬢かという容貌であった。
しかも、ここは王都エンペラルから遠く海を隔てたところにある星島。貴族自体も多くは住んでおらず、領地を管理している家系がいくつかあるだけだ。師団学校の生徒は、ほぼ平民という中で、ノエルは異彩を放っていた。
15歳まで、星島の奥地で人知れずひっそりと育てられていたというエピソードから、いつしかノエルは魔術師団学校の中で、|深《・》|窓《・》|の《・》|麗《・》|人《・》とよばれるようになったのだった。
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