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たのしい

 酔ったとき言ってたってことは、それが俺の本心で、手に届かないものを諦めた、と格好良く自分に言い聞かせていても、やっぱり諦めきれてなんかいなくて、このままずっと、焦がれたことを心の奥にしまい込んで、生きるしかなくて。 「そっか、欲しいけど手に入らない、ってことなんですね、すみません、無神経でした。オレも欲しくても手に入らないものあるし、しんどいですよね」  丹羽君はしょんぼりしている。こんな俺の言葉を真剣に受け止めて考えて、やっぱ、いいやつなんだろう。 「丹羽君でも手に入らないものなんてあるんだ?」 「ひとを何だと思ってるんですか、ありますよ。いつもフラれるし」 「丹羽君が!?」 「うん、向こうから付き合ってって言ってくるけど、最後はフラれる。なんか違うらしいです。ちゃんと好きになってほしかったとか言われて、ちゃんと好きなんですけど、なんか伝わらないんですよね」  こんな完璧に見える丹羽君でもままならないなんて、やっぱり恋愛って分からないものだ。 「恋愛に向いてないのかもって、ずっと思ってきて。高良さんは恋愛が分からないけど欲しいひとで、オレは恋愛できるけど向いてないひとで、結構、似ているのかもしれないですね」   そうなのか? 全然違うとは思うが、丹羽君が懸命に話してくれるから、きっと俺を慰めてくれているのだろうと思った。そう思うと、ちょっと気分が軽くなる。小説にだって、色々な人間が出てくるんだから、現実にも色々な人間がいていいのだ。だって丹羽君はもう、他の話題に進んでいる。 「高良さん、忖度とか店の売り上げとかじゃなくて、今年読んで一番好きな本教えてくださいよ」 「いや、それは、結構ハードル高いんだって。一番好きな本なんて、裸見せるより恥ずかしい」 「そんなもの?」 「俺は、ね。まあ、そのうち」  いや本当に「一番好きな本」なんて、心の内の内を晒す行為だから、俺には難しいのだ。こんなとき、表面的に躱す用にベストセラーの名前を言えばいいんだが、丹羽君にはなぜか言えなかった。  そのあとも過去のウサギ堂賞の話なんかをしているうちに、日付が変わってしまう。気づいたのは丹羽君だった。 「あー! もうこんな時間か、いつもありがとうございます、高良さん、寒いし、泊まってくださいよ?」 「さすがにそれは遠慮するよ、明日は用事もあるし、帰るな」 「こんな時間まで付き合わせてすみません、あー、車あったら送れるのにー、そうだ買おう」 「何言ってんだ、仕送り貰ってる学生だろ、勉強がんばりなさい」 「――はい。ガンバリマス」  十二月の夜中は悲鳴が出るくらい寒かったけど、でも、なんか、体が軽い。  初めてだった。恋愛したことないのも、できないのも、諦めているのも、初めて、人に話した。一生、一人で抱えていく重いものだと思っていたのに。それほど特別なことじゃないのかもしれない。自分をごまかすためじゃなく、言い聞かせるためじゃなく、本当にそう思える気がする。それは他人からもたらされた言葉だったからだ。 「丹羽くん、か」  きっと、この夜こと、ずっと忘れないのだろうと、思った。

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