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第1話 おじいさまも恋をする。

「人生百年時代か〜」    そう言いながら、安彦正木《あびこまさき》は自宅の中古の一軒家のリビングで横になる。沼にハマってしまった韓流ドラマのテレビドラマのチャンネルを変えた。  今年の四月に六十九歳の誕生日を迎える正木は、立派なおじさん・・・・・おじいさん、盛って『おじいさま』である。  おじいさまでも【びーえる】、ボーイは過ぎたがラブはしている。パートナーは十二歳下の山口修己《やまぐちおさみ》だ。なかなか年の差があるが、修己の熱烈アプローチに折れてしまった。まだ付き合って半年も経っていないが、熟年夫婦のようにお互いを知り尽くした関係だ。  正木は身長が百七十センチほどあったが、自然の摂理で縮んだ。昔は人気俳優に似ているなども言われたが、今では清潔感はあるが一般的なおじいさんだ。一方の修己は五十七歳。身長も百八十近くあり、縮んだとしても高いままだろう。彫りが深くハッキリした甘い顔立ちは、英国のクォーターだからか。茶色の瞳や柔らかい髪も堪らなくセクシーだ。はっきり言って、月とスッポン、芸能人と一般人のような差があるのだが、修己はまるで気にしない。  二年前、地元である横浜のシニアボランティアセンターで二人は運命的に出逢った。ボランティア先は二人とも同じカトリックの幼稚園に決まった。子供たちは元気でエネルギッシュで、ボランティアしているシニアたちのエネルギーをあっと言う間に吸い取った。  そんな中、正木は最年長にも関わらず子供たちの遊び相手に積極的になっていた。一番熱心だった。  ・・・・・子供たちに一番遊ばれていた事もあるが・・・・・  それでも正木は子供たちを背中に乗せてあげたり、絵本を読んであげたり、鬼ごっこしてあげたり・・・・・。 熱心な正木に、すっかり修己は心を奪われた。  修己からの積極的・・・・・かつ執念深いアプローチを受け、正木は折れた。こうして二人は付き合う事になった。籍は入れてはいない。正木は娘、修己は孫まで居るので遺産相続などが面倒なのだ。  おじいさんが、まして男と付き合うとはどうかと思っていたが、娘に 「今どき男同士とか普通だよ!?そんな考えじゃシーラカンスになっちゃうよ!」 と、アドバイスをされた。  シーラカンス・・・・・絶滅した魚か。確かに脳内は昭和の頑固親父といったところだ。しかしシーラカンスとは。こんな頑固な考えの人間は消滅するのか。いや、時代の流れだ。多様性だ。  正木の娘は交際に賛成してくれた。むしろ応援してくれた。ゲイでもバイでもない正木の恋の行方に興味津々な模様だ。    正木は妻と死別してから、一人娘の真由美を献身的に育て続けた。正木が三十歳の時の子供で一人娘なので、なかなか甘やかしてしまった模様だ。今でも独身で一人暮らしを楽しんでいる。仕事をバリバリ楽しんでこなしているので、それもまた充実した生き方だ。  修己は妻と離婚して息子が二人いるが定期的に息子とは会っているようだ。修己がバイである事を家族は知っているので、正木の事も知れている。正木は恥ずかしさでいっぱいになるが、修己は堂々たる様子だ。  あまり深く考え込まずに修己と付き合い始めた正木だが、家事全般が得意な修己は、お弁当を作って持ってきたり、家事を手伝いに来たりと積極的で熱心だった。献身的な彼に心を奪われていた。  ・・・・・と、言うよりも、胃袋を奪われたのである。正木は料理がまるで駄目だった。米を炊けばおかゆになり、魚を焼くと丸焦げ、肉は煮ても固く野菜は茹でても半生だ。  そんな正木のある意味センスのある料理を見た修己は、『苦手な物は誰にでもあるよ』と悟してくれた。

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