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Cp1.円×智颯『卵が孵った今だから①』
花笑円は悩んでいた。
呪法解析室就任以来の大きな事件の山場で智颯から告白されてから、早くも三日が過ぎた。
解析対象だった重田優士にかけられた呪詛が解けた後は、事件も無事に解決したらしい。
呪法解析室にも、いつものまったりした時間が戻った。
あんなに大きな事件があったなんて嘘みたいに、いつも通りだ。
だが、以前と同じでない現象が一つだけあった。
智颯の円に対する態度だ。
学校が終わった後、呪法解析室で仕事をして帰る。それ自体に変化はないのだが。
妙によそよそしい。
恋人になって前より緊張している、といえば、きっとそうなんだろうが。
どこか、そわそわしている。
何より円が気になっているのは、キスのそっけなさだった。
仕事を頑張り過ぎずに頑張った円への御褒美に智颯が毎日してくれるキスが、以前の小鳥のようなキスに戻ってしまった。
(ちょっとエッチな感じのキスとか、してくれるようになってたのに。前に戻っちゃった。むしろ今の方がエッチで良いのに)
舌でも入れてくれたら、思いっきり吸い上げてその場で押し倒せるのに。あわよくば寝室まで抱えてベッドに押し倒して、そのまま襲ってしまえるのに。
「まさか、智颯君、俺に襲われるのが嫌、とか……。俺と、エッチしたくない……?」
気が付いてしまった可能性に、愕然とする。
モニターの前のいつもの大きなシートに体育座りして膝を折ると、頭を抱えた。
(なんで? エッチに興味ありそうだった、よね? でも……、あれだけ煽っても我慢できちゃう智颯君だもんな)
恋人になる前に、キスしながら智颯を抱きかかえて勃起した股間を刺激しても「待って」をかけられる智颯だ。
(いやでも、我慢と嫌は、違うだろ。感情が別物だろ)
頭を抱えて悩んでいるうちに、呪法解析室の扉が開いた。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
円の様子を眺めて不思議そうにする智颯は、いつも通りの表情だった。
「あ、いや……、何でもない」
「もしかして俺とエッチしたくなくて避けてる?」とは、聞きたくても聞けない。
智颯が円からすぃと目を逸らした。
「そぅか、なら、いいんだ。今日も掃除するよ。呪物室の浄化、今日もした方が良いと思うから」
「わかった……」
重田優士の事件のあと、解析結果を纏めたり報告書の作成や提出にかなり手間取った。桜谷陽人や更に上層部に向けた書類作成は初めてで、厄介だと知った。その辺りの書類の作成は智颯も一緒にやってくれていた。
加えて、対人間用の解析プログラムを作るように要から指示が出たので、円はそっちで手いっぱいになり、昨日から智颯が纏めて部屋の掃除をしてくれていた。
特に呪物室は呪術の残滓が完全に消えるように、智颯が念入りに浄化していた。
荷物を置くなり掃除道具を持って呪物室に入っていく智颯の背中を見送る。心なしか、顔を隠しているように見えなくもない。
(俺、避けられてる……?)
さっと血の気が引いた。
付き合い始めた途端、彼氏がよそよそしくなりました、なんて洒落にならない。
(ゲームとかだと甘々イベントの前振りだったりするよね、うん。照れてるだけ的な。けど、現実はそう都合よくいかないだろ!)
ゲームや漫画的な緩甘展開が自分の身に易々と起きるなんてお気楽な思考回路を、円は持ち合わせていない。
「確認、確認だ。大丈夫。俺と智颯君は恋人同士なんだから。あんなにはっきり、好きって言ってくれたんだから」
声に出して自分に言い聞かせると、円はシートから立ち上がった。
呪物室の扉の前で深呼吸する。
重い扉を静かに開くと、智颯が部屋の奥でしゃがみこんでいた。
そっと近づいて覗き込む。
スマホ画面に釘付けになっている智颯は、円の気配に気が付いていないらしい。
「……智颯君、あのさ」
声をかけると、絵にかいたように驚いた智颯が、文字通り飛び上がった。
落としそうになったスマホをポケットに無造作に仕舞って振り返る。
「ど、どどどどうしたんだ? 何かあった?」
「そっちこそ何かあった?」と聞きたい態度だし、表情だ。
顔を真っ赤にしているあたり、如何わしい検索でもしていたのだろうか。
「何もないんだけど、その。最近、智颯君の、態度が、その。そっけないなって、思って、何でかなって」
ちらりと智颯を窺う。
依然、顔を赤くしたまま呆けている。
呆けているのか固まっているのか、よくわからない。
「聞くの、怖いけど、聞いてみようかなって。俺と、智颯君は、恋人……、なんだし、何でも話せる、関係に、なりたい、から」
智颯の半開きだった口がぎゅっと引き結んだ。
「ごめん。避けてたわけじゃないんだ。そっけなくしたいわけでもなくて。ただ、なんていうか……」
顔を逸らした智颯の耳が真っ赤に染まっている。
智颯の足元に、さっきポケットに突っ込んでいたはずのスマホが落ちていた。
何気なく拾い上げる。
「良かった、画面、割れてないね……」
これまた何気なく目に入った検索記事に目が釘付けになった。
記事の見出しに『アナルセックス~準備から実践まで~』と書いてある。
「う、わぁああああ!」
智颯がとんでもない勢いで円にぶつかりながらスマホを奪った。
反射的に円は、ぶつかってきた智颯の体を抱きとめた。
「智颯君、今の……」
「……見た?」
「……うん、見えた」
短いやり取りで、二人は沈黙した。
「ち、違うんだ。いや、何も違わないけど、そうじゃなくて、僕は円が初めての恋人で、そういう経験がないから何もわからなくて、だから」
円の腕の中で慌てふためく智颯を眺める。
「もしかして、怖かった? 俺に突然、抱かれるかもって、思ったりした?」
だからソワソワして、円を避けていたのだろうか。いつものキスが小鳥のように触れるだけだったのは、押し倒されるのが怖かったのだろうか。
今まで散々、スキンシップを仕掛けてきた自分の行動を振り返ると、智颯が怯えても仕方ないように思えた。
智颯が緩く首を振った。
「突然、抱かれてもいいように、準備したかった、から」
円に縋り付く智颯の顔が熱い。
顔が赤いのは、触れている感触だけでわかる。
智颯の熱を吸い取ったように、円の胸がじんわり熱くなる。
「本当は、円に聞くべき、というか、相談すべきだったんだろうけど、恥ずかしくて、上手く聞けなくて」
智颯が話しながら円の肩に顔を押し付ける。
押し付けた顔をスリスリしている。
(照れてる時の智颯君の癖、だよな、これは。前にもこんなこと、あった)
円にキスをおねだりした時の智颯が、今のようになっていた。
智颯の熱を感じたら、円の胸に大きな安堵が降りた。
「俺を嫌になった訳じゃなかったんだ、良かった」
縋りつく智颯の体をぎゅっと抱き締める。
智颯が円の肩に顔を置いたまま、振り向いた。
「円を嫌になったりしない。好きだから、嫌われたり、呆れられたり、したくなくて」
「呆れたり、しないよ。むしろ、色々教えてあげたい。俺なしじゃ生きられない智颯君にしちゃいたい」
甘える顔を抱いて、耳を甘く食む。
縋る肩が小さく震えた。
「今でも円がいないと寂しいのに、これ以上、好きになったら、本当に一人じゃ生きられなくなる」
智颯から飛び出した言葉に耳を疑った。
思わず唇を食んで重ねて、智颯を貪った。
「もっともっと俺のこと、好きになって。俺なしじゃ生きられない智颯君になって。俺はもう、とっくに智颯君がいないと生きられないよ」
智颯が円に腕を伸ばして、首に絡めた。
「それでも、良いのかな。円がいないと生きられない僕になっても、それくらい好きになっても、いい?」
小首を傾げて上目遣いに見上げる智颯の顔が、やけに艶っぽい。
あまりに可愛くて、円の理性が崩壊しかけた。
「いいよ。それくらい好きになって。そういう智颯君に、俺がしてあげる。とりあえず、お風呂行こ」
智颯の体を抱き上げて、円は呪物室を出た。
「え? 掃除まだ、終わってない。それにまだ、仕事中!」
「今日はもう、終わりにしよ。四日間の徹夜分の代休申請、出しとくから」
耳に口付けると、暴れていた智颯が大人しくなった。
「智颯君のアナルは俺が綺麗にしてあげる」
「そんなことまで、してもらうのは……」
「俺がしたいの。恋人なら普通だよ」
「そう、なのか?」
キスの雨に智颯が大人しくなって、代わりに股間が大きく膨らんでいるのが、可愛い。
こんなに可愛い恋人を前にして、何もしないでいられるはずがない。
この三日間の憂いが嘘のように、円の心は浮かれていた。
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