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Cp7.護×直桜『唯一の魔酒⑥(護目線)』
清人の制止を振り切り組対室を出た護は解析本部がある地下六階に向かった。
こんな時ばかりエレベーターが来るのが遅くて苛々する。
「そんなに心配? 直桜だって一人で仕事に行けるくらいには成長していると思うよ。今回は13課の中を廻るだけだし。化野くんは気付いてると思うけど、旧正月の木札配りだからさ。心配する程じゃないでしょ」
後ろから紗月が声をかけてきた。
護の心が、あっさりと折れた。
その表情を見て取って、紗月があからさまに驚いた顔をした。
「違うんです。直桜を信用していないんじゃない。私がやらかしてしまったんです」
紗月に縋って泣き崩れる。
ちょうどエレベーターが地下十三階に着いた。
「清人ー、私ちょっと、化野くんと要ンとこ行ってくるわー」
「はいよー」
組対室の中から何とも気楽な清人の声が飛んできた。
紗月に引き摺られてエレベーターに乗り込む。
「んで? 何をやらかしたんだね?」
半べそをかきながら護は、ぽつりぽつりと話し始めた。
「保輔君がこっそり作ってくれた、び、媚薬を、直桜が、今朝、誤って飲んでしまったみたいで。どんな作用が出るか、わからないから、二人きりの時に使えと言われていたのに」
護は頭を抱えて蹲った。
「あー……、それはまた、まずいねぇ」
紗月の呆れた声が痛い。
「木札配りなら、色んな部署に行って、色んな人に会いますよね。祝福を与える時は、確か左手の薬指に口付けますよね。肌の触れ合いが引き金になってしまったら、どうしたらいいか」
ぶるぶる頭を振る護を慰めるように、紗月がポンポンと肩を叩いた。
「ま、確かめに行くしかないね。異変に気が付けば、直桜なら自分で浄化も出来るんだし、悪い方にばかり考えてはいかんよ」
紗月の言葉が救いに聞こえた。
護は深く頷いて、地下六階でエレベーターを降りた。
解析本部には、直桜の姿はなかった。
木札も祝福も、既に与えた後のようだった。
「やっぱり来たね、化野。どんどん忠犬になっていくじゃないか。時には放置してやらないと、愛想を尽かされるよ」
護は、ぐっと口を引き結んだ。
要の言葉は普通に痛い。
「いやぁ、今回は事情があってさ。直桜が要と穂香ちゃんに祝福を与えた時、変わった様子はなかった?」
要と穂香が顔を合わせて不思議そうにする。
「いつもの直桜でしたよぉ。私のあみぐるみを眷族にしたって教えてくれて、嬉しかったです。今度、連れてきてくださいね」
穂香が、ニコリと微笑む。
その笑顔と言葉に癒された。
「追いかけないといけない事情ねぇ。惟神の様子が変わるほどの呪詛でも受けたのかい?」
要の関心は、むしろ直桜の方に向いていた。
「惟神にも効果が出ちゃう媚薬、飲んじゃったかもしれないんだって。このままだと、直桜が誰かを襲っちゃうか、誰かに襲われちゃうかもしれないなぁって」
改めて言葉にされると、血の気が引く。
「胸に口付けてもらったが、特に何も反応はなかったよ」
要の言葉に、護の気が尖った。
「どうして朽木統括はいつも! 直桜に胸を触らせたがるんですか!」
初めて会った時の挨拶でも、要は直桜に自分の胸を触らせていた。
要が護の腕を掴んで自分の胸に当てた。
「お前でもいいよ、化野。どうせ、反応しないだろ」
むにむにと押し付けられて、護の全身が固まった。
「媚薬なら、我々に反応しないのは当然じゃないでしょうか。私たち、女だし。直桜のセクシャリティ的にナシですよね」
穂香の言葉が的を射ていて、護は我に返った。
「次、どこに行くって言ってた?」
「回復治療室だよ。開の室長室にいるんじゃないかな」
要の言葉を聞いて、護は踵を返した。
「化野さん、ファイトです! 直桜の無事を祈ってます!」
遠くから穂香がエールを送ってくれた。
13課の中で唯一といっていい真面な人だ。穂香がいてくれて本当に良かったと、護は思った。
地下五階の回復治療室に向かう。
やっぱりエレベーターが遅くて苛々する。
これだけの職員がいるのだから、もう一つくらいエレベーターを増やしてくれてもいいように思う。
「化野くんが、あからさまに苛々するって珍しいよね」
紗月に指摘されて、護はやはり言葉を失くした。
「責めてるわけじゃないよ。ただ、直桜が絡むと化野くんは別人みたいになるなぁって思ってさ」
その言葉は、護にとって違って響いた。
「多分、違います。今の俺が本当の俺なんです。普段の、今まで13課にいた化野護の方が、別人なんですよ」
嵯峨野から東京に来て、生き直そうと思った。
だから、性格も服装も、話し方すら変えた。違う自分に生まれ変わりたかった。
直桜に出会って、作り上げてきた虚構の自分は、いともあっさりと崩れた。
そんな自分に戸惑うし、嬉しいとも思う。
「いいじゃん。私らが知らない、本当の化野くん。私はもっと見てみたいな」
エレベーターの扉が開く。
紗月に続いて乗り込んだ。
「窮屈な場所で色んな事、我慢しながら生きてた時の化野くんは苦しそうだった。今は、やっと息の仕方を思い出したみたいに見えるよ」
思い出した、という表現に、何故か翡翠の顔が浮かんだ。
ずっと忘れていた大事な友達は、今は敵同士で、きっともう一緒に笑い合ったりできない。
(それでも、思い出せて良かったって、思うんだ。それも直桜のお陰なんだ)
直桜がいてくれるから、現実と向き合おうと思える。
昔の自分なら未玖の時のように、きっと逃げていた。
「素の自分で生きてもいいって、教えてくれたのは、そういう場所をくれたのは、直桜ですから」
穢れた鬼でも愛してくれる神様が、今は隣にいる。
自然と笑みがこぼれた。
隣で紗月が微笑んでくれて、安心した。
回復治療室に着くと、八瀬童子の一人が室長室に案内してくれた。
忙しいのか、すぐに仕事に戻っていった。
部屋の扉をノックする。返事がない。
ドアノブに手をかける。鍵が開いていた。
扉を開き、中に入る。
薄暗い部屋の中で、開と閉がソファに凭れて気を失っていた。
「開さん、閉さん、大丈夫ですか? しっかりしてください!」
駆け寄って、二人の肩を揺らす。
開が、うっすらと目を開いた。
「化野、くん……。ねぇ、こっち」
首の後ろに回った手が護の顔を引き寄せる。
ちゅっと水音を立てて開の唇が護の下唇に吸い付いた。
「え? 開さん、何して……、ぁ、んっ」
唇を強く押し当てられて、舌を差し込まれる。
舌が絡まるたびに、快感が腹の奥からせり上がってくる。
襟首を掴んで、紗月が護の体を後ろに引っ張った。
「ぁ、はぁ……。ありがとうございます、紗月さん」
もう少しで、何かに吞まれてしまいそうだった。
「あのね、今みたいなキス、瀬田君がしてくれたんだ。神力沢山くれて、いっぱい気持ち良かったんだ」
夢心地の瞳で、開が嬉しそうに語る。
護の血の気が引いた。
「閉、早く起きて。もっと気持ちいいコト、しよ」
いまだに眠っている閉に開が抱き付いている。
「あっと、これは多分、直桜の神力と一緒に媚薬が開さんにも入り込んでるんじゃないかと」
「いいよ、大丈夫。開と閉が恋人だって、私も知ってるから」
慌てて弁明すると、紗月があっさり答えた。
清人の幼馴染の話だ。恋人の紗月が知らないはずはない。
紗月が開と閉の首元に指を添えた。霊力の流れを確認している仕草だ。
「直桜の奴、相当に濃い神力を短時間で一気に流し込んだね。二人が受け取れるギリギリまで流した感じだ。だから閉は、まだ起きないんだよ」
神力は慣れないと体が火照った感じがする。
直桜ほどに強く濃い神力を一気に受け取ってしまったら、体が順応するのに時間がかかる。
意識を失っても不思議じゃない。
「慣れない神力に合わせて、媚薬まで流れ込んできてしまったから、開さんは欲情しちゃってるんですね」
護の呟きに、紗月が息を吐いた。
「祝福も与えてるしなぁ。守人の私や化野くんが浄化するわけにもいかないよねぇ。放置するしかないか」
紗月がスマホを取り出し、電話を始めた。
「あ、要? やっぱダメだった。開と閉がさぁ、……うん、そんな感じ。保護しに来てくれない? 欲情したら、ヤらしとけばいいから。時間が経てば戻るし。よろしく」
何とも物騒というか適当に聞こえるが、的確だと思った。
「惟神の神力だからね。悪さはしないけど。媚薬の効果がどれくらいで切れるのかが問題か。保輔は何か言ってた?」
紗月の疑問に、護は首を振った。
「一度、組対室の事務所に戻って保輔が帰ってくるの待つかぁ。直桜が次にどこに行くかわからない……訳でもないか。半分は律が持ってるんだから、あとは呪法解析部と忍ントコだね。最後に組対室に戻って、清人か」
律が半分を請け負ってくれていて、本当に良かったと思った。
総ての部署でこれをやらかしていたら、直桜の人格から疑われかねない。
「忍は大丈夫だとして。とりま、呪法解析部、行っとこうか。私たちじゃ何もできないにしても、心配は心配だからね」
言いながら、紗月がスマホでメッセージを打ち始めた。
「清人に、保輔が帰ってきたら連絡しろって言っとく。ある程度、事情も説明するけど、いいかい?」
紗月の問いには「はい」と返事するしかなかった。
保輔が悪いわけではないのに、大事になってしまったと、つくづく申し訳ない気持ちになった。
呪法解析部の有様は、回復治療室より酷かった。
服を汚した智颯と円が寄り添って意識を失っている。
部屋の中に薄らと精液の匂いが充満していた。
「ついに、ヤっちまったか……」
紗月の呟きに、護の心臓が下がった。
「ごめんなさい、円くん、智颯君。直桜は、そんなつもりじゃなかったんです。薬のせいなんです」
乱れたままの二人を前に、護は崩れ落ちた。
直桜が自分以外の男とそういう行為に至ったのもショックだが、それ以上に申し訳なさが先立った。
円と智颯がどれだけお互いを大事に思っているのかも、智颯がどれだけ直桜を尊敬し、恋慕していたのかも知っているから、余計だ。
「それにしても不思議だね。智颯君なら、直桜を浄化できたはずなのに」
紗月の不思議そうな顔を見上げながら、護は首を振った。
「きっと無理です。大好きな直桜にキスを迫られたら、智颯君は抗えません」
もはや惟神だからとか、そういう問題ではない。
「そっちか……。保輔の血魔術の酒は、智颯君と瑞悠ちゃんには、めっちゃ効いちゃうって話だしね。無理か」
紗月が納得しているのも、ちょっとだけ微妙な気分だ。
もぞり、と円が動いて、静かに目を開けた。
「円くん! 大丈夫ですか? 意識があるなら浄化を……」
護の声には反応せずに、円の腕が智颯に伸びた。
「智颯君、もっと、気持ちいいコト、しよ。直桜様の、手コキだけじゃ、足りない……」
呟きながら、円が智颯の唇を食む。
智颯が薄く目を開けた。
「ん……、直桜様のフェラ、気持ちかった……、円も、して……」
話しながら互いに唇を食み合って股間に手を伸ばし合っている。
「ここは放置で良いかな。媚薬、切れなくてもいいかな」
紗月の言葉には同意しかない。
護と紗月は静かに呪法解析部を出た。
「智颯君にフェラして円くんに手コキって、どういう状況ですか。3Pなんて、教えた覚えないですよ」
廊下を歩きながら、護は頭を抱えた。
「いや、ほら、さ。教えなくても、そういう状況になれば、できちゃうもんよ? とりま、ツっこんだりツっこまれたり、してなくて良かったよね、ね?」
紗月が必死に励ましてくれている。
二人の発言的に繋がってはいなさそうだから、そこだけは安心だが。
(いや待て、全然安心できる状況じゃないだろ。開さんと閉さんにキスして智颯君にフェラして円くんを手コキでイかせるとか)
「忍班長にも、もしかしたら」
「いやぁ、流石に忍は大丈夫なんじゃない? 那智と四季もいるワケだし」
いくら神様レベルの仙人でも、直桜の神力と血魔術の酒に抗えるのだろうか。
「最悪、4P的な展開になったりは……」
四季は淫鬼だ。直桜を喰えるチャンスなら喜んでガッつくに違いない。
直桜を攻める忍が可愛かったりしたら、那智の理性だって飛びかねない。
驚愕の心境になりつつある護の隣で、紗月のスマホが鳴った。
「忍が直桜を確保したから、事務所に戻って来いってさ」
紗月からの朗報に、護は思いっきり顔を上げた。
「やっぱり忍は頼りになるねぇ……、え?」
護を振り返った紗月が、驚いた顔を向けている。
「本当に良かったです。私が邪なことを考えたりしたから、皆に迷惑をかけて、直桜に不本意な行為をさせてしまいました」
ぐずぐずに泣いている護の頭を紗月が撫でてくれた。
まるで子供にするように、ゆっくり撫でる手がとても優しかった。
「化野くんのせいじゃないって。エロくて可愛い直桜を愛でたかっただけでしょ? 魔がさす日もあるよ、人間だもの」
こくこく頷きながら、護はぐしぐしと涙を拭いた。
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