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第44話 天使ですか? なんて

 三月上旬、春めいた陽気になるんだって。  じゃあ、洗濯物とか、乾くかな。もう少しあとで洗濯しちゃっても。ゆっくり朝飯を済ませちゃった後でも。  だし巻き玉子とマカロニサラダを朝ごはんにしよ。  じゃあ、お米だけ炊いて。  んで、今日は一日ゆっくり。  桜介さんのことゆっくりさせてあげたい。  あー、そしたら、映画とか観る? けど、うち、テレビないんだよね。タブレットを二人で覗き込むってビミョー?  どうしよ……っか。 「ん……」  朝、何時なのかわかんないけど、目は覚めたけど、目を瞑ったままごろごろしてた。腕の中には桜介さんがいるから、起こさないようにじっとしつつ。眠いでしょ? っていうか疲れてると思うから。初めてだったし。  セックス。  だから、俺が起きたりしてこの人を起こすことのないように目を瞑ったままでじっとしてた。 「わ……」  けど、起きたっぽい。  小さく、腕の中から声が聞こえた。 「わわ」  ほら、また聞こえた。  桜介さんが目覚めて、なんか驚いてる。その拍子に引き寄せるように乗せてた腕が、この人の身じろいだタイミングで、ズレて。  あ。  落ちた。  布団の中で、桜介さんの腕の辺りに乗せてた脱力してるフリの腕が、今、ズルズルと滑って、俺たちの間にポトンって落っこちた。  残念。もっと抱き締めてたかったのに。  ここでもう一回腰に手を回したら起きてるってバレちゃうしなぁ。どうにかして寝返りを打つようなフリをしつつ、腰に手を。 「…………」  あ、沈黙。  なんか、黙ってる。  俺は寝たふりをしてるから、目を開けられない。目を開けて、起きましたってしてもいいけど。そしたら、なんか、この人も一緒に起きて、朝飯の準備とか何か手伝えることって動き回りそうじゃん。  休んでていいってばって言っても、そうはいかない、なんて言い出しそう。  だから、まだ寝たふり。  昨日の負担がちょっとでもなくなるように。  どんなサイトにも書いてあった。受け役って書いてあった、その、挿入される側の負担のこと。そりゃそうでしょ。身体の仕組み的に本当は受け入れるようになってないんだから。  だから今は。 「かっこぃー……」  ちょ。  何。  マジで。  唐突に。  褒められた。  口元が勝手に緩んで、なんかくすぐったくて、笑いそうになったじゃん。桜介さんの全身にキスしまくった唇のところが、すっごい今、くすぐったかったんだけど。  かっこいー、とか。  呟かないでよ。  見てる? っぽい?  えー? 今、俺の寝顔、がっつり観察されてる? もしかして。  恥ずかしいんですが。  俺、変な顔してない?  頭ボッサボサじゃない? いや、寝てるんだからビシッと決まってるわけないけど。  あぁ、もう。  なんかくすっぐったい。  そんで抱き締めたい。 「わっ……わ……」  だから、寝たフリを続行したまま、まるで寝ぼけてるみたいに腕でこの人のことを抱き寄せてみた。 「……っ、っ」  びっくりしてるかな。  戸惑ってる?  顔、赤い?  じっと、してる。  どんな顔してるんだろう。今、桜介さん。  だから、目、開けてみた。 「! わ、わあ、あ、あ、あ」  そしたら、バチって音がしそうなくらい、距離にして十センチくらいのところにいて、俺のことをガン見してた桜介さんが仰け反って、めちゃくちゃ驚いて。  ゴンッ! 「ちょ、桜介さんっ?」 「ご、ごめっ壁っ」 「や、壁より、頭マジで、頭っ!」  思いっきり背後にある壁に後頭部から激突してた。腰に乗っけてた手を大慌てで、その後頭部を撫でて、たんこぶ、できてないことを確かめて。 「もう、マジで。驚かせてごめん」 「ううん……あ、あの……壁、大丈夫? へこんだり、穴開いたりしてない?」 「してない。っていうか、壁の方が桜介さんより頑丈でしょ」 「そんなことは……」 「マジで痛くない?」 「……」  そこで、桜介さんがじっと俺を見つめてた。 「?」 「……ぁ、えっと」  やっぱ、真っ赤になった。 「かっこいいなぁって、その……こんなにかっこいい翠伊くんと、付き合えて」 「夢じゃないです」 「!」 「痛かったでしょ? 今」  あれだけすごい音がするくらい壁に激突したら、これが夢じゃないってわかったでしょ。 「え! あ、ウソっ」 「? 何? 桜介さん」 「痛くないっ」 「えぇ?」 「あの、今、激突したのっ、全然痛くなかったっ、え? どうしよう。じゃあ、これっ、夢」  ウソみたい。 「っぷは」 「えぇ」  あんなに思いっきり壁に激突したのに痛くないの? マジで? えぇ、それは確かに、これ夢かも。 「じゃあ、もう一個、これが夢じゃないって、確かめる方法」 「え!」  キスをした。すぐそこに貴方がいるから、ちょっとだけ首を傾げて、ちょっとだけ腕に力を込めて、ちょっと、引き寄せて。  触れるだけのキスを。 「昨日、痛くなかった?」 「あ……うん。え! 痛くなかったっ、じゃ、やっぱり夢っ」 「かも」 「えぇ」 「確かめてみようよ」 「あっ」  すぐそこに貴方がいるから、ちょっと、引き寄せたら、ほら。 「夢じゃないって、確かめるために」 「……ぁっ」  するりと服の中に手を入れた。 「あっ」  真っ赤になった桜介さんのほっぺたにキスをして、きっと起きたらすごいことになってそうなくせっ毛にもキスをして。 「あっ……ひゃ……」  桜介さんの素肌にキスをした。 「あっ……」  ウソみたい。  貴方のことを抱き締めたら。朝日に照らされた表情が。 「ひゃ、ぅ」 「っぷは」 「?」  めちゃくちゃに可愛くて。  マジで、こんなことリアルに思うことがあるなんて思わなかった。 「なんでもない」  天使ですか? なんて。

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