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第45話 意外だなぁ
映画はタブレットで一緒に観た。桜介さんの部屋でも全然よかったんだけど。
――あ! これ、僕、ずっと気になってたドラマ!
そう言って、ちょっと声を弾ませたのが可愛かったから。くっついて観たいかも、なんて思ったんだ。下心というやつで。
笑っちゃうけど。
くっついてたい、ちょっかい出したい、とにかく、触りたい。そんな理由で窮屈なタブレットでドラマを見ることにした。
フツーの主婦が自分の子どもを守るために、詐欺グループの手下として犯罪に手を染めるんだけど、途中から、今度はその主婦がその犯罪グループに一人で立ち向かうっていう、ちょっと面白そうなドラマだった。
でも、一番釘付けになったのはドラマじゃなくて。
その、こう言ったら失礼かもだけど、あまり特徴らしい特徴のない主婦の役を実はすっごい美人の女優さんがほぼノーメイクで演じてたところでも、子どもの演技がめちゃくちゃ上手いことでもなく。ただの主婦さんが、その主婦ならではの視点で犯罪グループを出し抜いてく爽快なシーンでもなくて。
――あ! そっちはっ。
そう言って、思わず、小さな画面に向かって身を乗り出しちゃうあの人で。
――っ、っ、っ。
追いかけられて身を潜めてる主婦さんと一緒になって小さくなって息を止めちゃうあの人で。
――よかったぁ。見つからなくて。
そして、本当に嬉しそうにする笑顔で。
――ね、翠伊くん。
そう振り返った桜介さんとばっちり目が合うくらい、ずっと見入ってた。あの人がドラマのワンシーンごとに一喜一憂するところに釘付けだった。
「おーい、翠伊ー」
「あ、はい!」
そんな金曜日から日曜日の夕方まで、あの人と過ごして、なんか恋愛ボケしまくってた俺は店長に言われて、パッと顔を上げた。
「そろそろ休憩。賄い、作るから」
「あ、あざす」
「なんでもいいか?」
「あ、全然なんでも」
「おー」
ここの賄い、すっごい美味いんだよね。それもあって、ここのバイトはよくシフト替わりに入るし、長く続けてる。美味しいご飯食べられて、それでバイト代ももらえるから。
「……何、作るんですか?」
めっちゃ、美味しいから。
しかも、賄いってだけあって、すぐにできるんだ。パッと。おーい休憩って言われてから、キリのいいところまで仕事を終えると、ジャーン、ってできあがってる。
だから、多分、簡単で、けど美味しいワンプレート系。
「今日は納豆パスタ」
「え?」
「納豆パスタ。本日のオススメメニューにあった、納豆オムレツの納豆で」
店長、ごめん。………………すごい、合わなそう。
「あ、お前、今、まずそうって思っただろ」
「いや、そこまでは」
そう素直に返事をしたら笑ってた。
「上手いんだよ、これが。すぐにできるから」
「……見ててもいいっすか?」
「いいけど、休憩時間、ゆっくりしとけばいいのに」
「あ……いや」
ゆっくり見るから、大丈夫。
「すっげぇ簡単だぞー」
「そうなんすか?」
「おー」
茹でたら、ざるにあげて、それからお湯を捨てたほかほかの鍋に茹でたてパスタを入れる。
そんで、バター、このくらい。
もちろん、店長は測るとかしないで目分量。だから、俺もじっとそのバターの大きさを目で確かめた。
それから、鰹節の粉。店長が、出汁の素の粉末があったらそっちの方がぶっちゃけ美味いって言って笑った。
あと、白だしちょっと。本当にほんのちょっと。
「白だしは……まぁ、小さじ一くらいかな。だしの素は適当だけど大さじ半分くらいでいいかもな」
へぇ。
「あとは、醤油、塩、ブラックペッパーはお好みで」
なるほど。
「んで、タレをかけた納豆を乗っけて。海苔ふりかけて、ほら」
すご。もうできた。
「ほら、冷めないうちに食べな」
「はい」
皿に盛り付けられたパスタを受け取って、厨房の中が見えるカウンターテーブルに座った。賄いを食べる時はいつもここに座る。お店は奥行きのある作りになってて、このカウンターテーブルの近くにお店の出入り口がある感じ。休憩中はここでスマホいじっててもオーケー。お客さんに呼ばれても、一応休憩中だから対応しなくて大丈夫。他のバイトが代わりにするし、店長も厨房から出てきてくれる。けど、まぁ、別に俺は呼ばれたら、全然、休憩中でも対応してる。
「!」
合わなそう、なんて、思ったけど。
「どうだ?」
すっごい簡単なのに。
「はは、意外だったか?」
「……はい」
うっま。
「今度、彼女さんに作ってあげたら喜ぶぞ」
「あ、それ。違うんで」
「?」
「この前、お店に来てラストまでいた女の子、彼女じゃないんで」
「そうなのか?」
「はい。他なんで。付き合ってる人」
いいな。これ。簡単で、料理なんてほとんどしたことがない俺でも作れそう。
「彼氏、なんで」
「えっ!」
「はは」
今度、作ってあげよ。
「意外でした?」
「いや……まぁ、びっくりは、した、けど」
「今までは女の子と付き合ってたんですけど、今は、相手、同性なんです」
「へぇ」
「すんません」
「いや、謝ることじゃないだろ。同性でも。接客業やってたら、色んな人に会うからさ。ここまで、さらっと言われたのは初めてだったけどな」
「あはは」
俺も、意外、だった。
「そっか。じゃあ、その彼氏? に作ってあげたらいーんじゃん?」
「はい。そう思って見学してました」
「はは、頑張れ」
「はい」
自分が、好きな人に飯、作ってあげたいとか思うタイプだったとは。意外にも、尽くす系とは思ってなくて。
へぇ、って。
自分のことなのに意外だななんて思ったんだ。
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