116 / 117

浴衣の君と編 11 キラキラモーニング

 桜介さんが泊まりに来るのは週末。  俺が居酒屋のバイトが終わって帰宅するのと一緒に桜介さんが俺の部屋に来る感じ。  平日は一緒に夕飯をどっちかの部屋で食べて、しばらく一緒にいてから、寝る時間に「バイバイ」ってそれぞれの部屋で寝る感じ。朝の起きるタイミングが違うからさ。俺の方が大体遅いんだ。  ――起こしちゃったら悪いから。  そう言ってた。  俺も寝相悪いし、一緒に寝ててもしも上に乗っかっちゃったりしたら、大変でしょ? だから、そうだねって、平日はそれぞれの部屋に戻ることにしたんだけど。  最近、もう少し一緒にいたいなぁ、なんて。  俺も桜介さんも一人暮らし向けタイプの間取りの部屋だから、一緒に住むなら引っ越さないといけなくなる。隣のおじいちゃんとおばあちゃんの部屋だけ家族向けの間取りになってるんだ。  で、引っ越すとなると、お金がかかるわけで。  桜介さん、俺が学生だから引っ越し代とか出しますとか言い出しそうだし。かといって、半分こってしたとして、その半分を出すのはちょっと痛手では、あるかな。  けど、一緒に暮らさない?  そう訊いたら、桜介さんどんな反応するのかな。  社会人と学生じゃ、色々違ってて、大変かな。  俺が社会人になったタイミングで……ならOKしてくれるかな。  っていうのもさ。 「……」  初めてなんだ。  会ってる時間がどんどん足りなくなってくるの。  足りない、っていうとちょっと違うかもしれないけど。  もっともっと、ってなるんだ。  桜介さんのいろんな表情を見ていたいって。 「……」  そう、いつもお泊まりの時に、寝顔を見ながら思うんだ。  小さく口を開けて、柔らかそうな唇からちょっと溢れる寝息。リラックスして熟睡してるせいで、普段よりも柔らかい気がするほっぺた。長い睫毛に、可愛いおでこ。  ほっぺたは唇で触れると、マシュマロみたいで気持ちいい。  この寝顔が目を覚ました瞬間、隣で見ていられるのが。  幸せだなぁ、なんて思ったりして。  っていうか、桜介さん、枕、しないで寝てるし。  けっこう潜るんだよね。桜介さんって。布団とかに顔を埋めたいタイプ。  たまに、起きると、布団の端からくせっ毛の黒髪がぴょんってはみ出てるだけで、あとは全部丸ごと布団の中に潜ってたってこともあったっけ。  けど、今日はあんま潜らないで、隣で丸まって寝てる。  この寝顔を眺めてる時間が毎日になる。  それがいいなぁって思っちゃうんだ。  引っ越しのこととか、生活費とか、色々考えないといけないことがあるけど、この寝顔が見られるのならって。  思うんだ。 「……」  朝日が、桜介さんの寝顔を照らした。柔らかく、ほのかに。  けど。  襖は閉めて寝た。  なのに。  朝日が――。 「……」  あ。 「……」  上、だ。  隙間障子のところから。 「!」  見上げると、朝日がそこから入り込んでた。  ――和建築のことを調べてるのかな?  俺が、隙間障子のことを調べてた。  ―― じゃあ、ここ、行ってみたらいいよ。  そう言って、伊倉さんがここを進めてくれた。  ――僕が手がけた旅館。  これ、あの職人さんだ。きっと、絶対。  鳥の細工彫りの隙間障子だった。  それが入り混んできた朝日に照らされてる。羽根をしまって木の枝に止まってる鳥が二羽。柔らかい丸みを帯びた背中のシルエットを優しく朝日が照らして、さえずりが聞こえてきそうだった。 「……」  すご。 「……」  すごー。  ただの木彫りなのに、本物みたいだった。本物が朝日とともに活動し始めて、ちょんちょん小枝の上を動き回っているみたいに見える。 「……翠伊くん?」  あ。 「おはよう」  起きちゃった。  もう少し寝顔観察してたかったんだけど。 「……おはよ、桜介さん」  けど、寝起きの桜介さんも最高に可愛いから。 「どうしたの? 何か、天井に?」 「んー? 隙間障子の木彫り細工を見てた」 「スキマ……わ、鳥」 「ね、上手だよね」 「うん」 「隙間障子は換気とか調光の役割があるんだけど」 「へぇ」 「もう一個」 「?」  そうだった。伊倉さんの得意技じゃん。 「あんなふうに朝日が昇ったことを知らせてくれる役割もあるんだね」  光の、陽の傾ききで時間を知らせるようなの、得意じゃん。きっと朝だけなんだろう。朝だけ、あの隙間障子の枝に止まる鳥の様子を見られるのは。 「素敵……本当に鳥が止まってるみたい」 「うん」  二人でくっついて天井を見上げてた。頭をくっつけて仰向けで、まるで天体観測でもしてるみたいに空を見上げて。 「俺、今、この隙間障子の木彫り職人さんとこにちょくちょく行っててさ」 「うん」 「すごいの。スマホほぼ使わないし、電話出ないし、図面も都度持ち運んでたりして」 「それは大変そう」 「そう、大変」 「っぷ、言い切っちゃうくらい?」 「いや、だって、インターホン押しても出ないし。毎回図面持ってくって、ネットでメール送信でもなんでもできる時代にさぁ」 「うん」 「けどさ」  頭をくっつけながら他愛のない話を寝起きでしてる。  これはこれですごく楽しくて。 「あ、この前なんかさ」 「うんうん」  また、一緒に住みたい要素が一つ、追加になった。

ともだちにシェアしよう!