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第116話 ほっこり日ノ宮

 蒼愛が寝ている間に人間の暴動は後始末まですっかり終わっていた。  蒼愛に会うという目的を果たしたためか、闇人もエナもその後は姿を見せなかったらしい。  夢に出てきて以降は、蒼愛にも被害はなかった。  餌や奴隷の人間は黒曜の指揮で、飼い主の元に戻された。  暴動を起こした人間が主の元に戻ってどういう扱いを受けているか、蒼愛には知る手段がない。  少しでも幸せに、一秒でも長く生きてほしいと、願う他になかった。  夢から覚めた次の日、蒼愛と紅優は真白と共に早速、日ノ宮に向かった。  案内され宮の奥に進むと、陽菜の姿があった。 「陽菜さん!」  思わず叫んで、蒼愛は陽菜に抱き付いた。 「蒼愛様、いらっしゃい。蒼愛様から抱き付いてくれるの、嬉しいなぁ」  いつも通りの笑顔に安堵した。 「ちゃんと目が覚めたんだね。もう体、辛くない? 何ともない?」  見上げると、陽菜が一瞬、きょとんと呆けた。 「あ、そっか。蒼愛様はこの前の寄合に居なかったんだっけ。目が覚めてから会うの、今日が最初だね」  蒼愛は激しく頷いた。 「もう全然平気。蒼愛様と紅優様のお陰だよ。むしろ、蒼愛様の方が神力使い過ぎて大変だったんじゃないの? 何日も寝てたって聞いたよ?」 「僕はいつもだから大丈夫。陽菜さんが何ともなくて、良かったぁ」  蒼愛は安堵の息を漏らした。   陽菜は蒼愛を乗せて、一番近くで長くエナの神力に触れていたから、心配だった。 「いつもって……。そっちの方が心配なんだけど。縷々と夜刀も元気に仕事してるから、心配ないよ」  蒼愛の発言に呆れながら、陽菜が頭を撫でてくれた。 「元気になって、良かったな、陽菜さん」  真白が陽菜を後ろから抱きしめて、スリスリと頬擦りしている。  びっくりして、蒼愛は思わずゆっくり陽菜から離れた。 「またやってる~。世流に見つかったら、うるさいからダメだよ。今日はいないけど」  特に振り払うでもなく、陽菜が困った顔で笑っている。 「陽菜さんはフワフワで気持ちいいから、スリスリしたくなる」  言葉通りスリスリしながら、真白が陽菜にくっ付いている。  普通に甘えているように見えて、呆気にとられた。 「前回の寄合の時からなんだよね。真白、陽菜さんにスリスリするの、好きみたい」 「え? スリスリが好きなの? 陽菜さんが好きなんじゃないの?」  困った顔の紅優に思わず問いただしてしまった。  こんな場面を世流が見付けたら、絶対に怒る。 「好きは好きみたいだけど、番になりたい好きとかじゃなくて、なんていうか、触れ心地が好きみたいだよ」 「触れ心地……」  蒼愛は陽菜にスリスリする真白を眺めた。 (狼の感覚でやってるのかな。人型でやると、ちょっと意味が変わってくるような気がする) 「今、人型だから、そんなにフワフワしないはずなんだけどなぁ」  そう言って笑う陽菜も、特に嫌そうではない。  鳥や狼の感覚だと、スキンシップなんだろうか。霧疾もキスはスキンシップだと言っていた。  止めるべきか、とても迷った。 「そんなとこにいないで、中においで」  部屋の奥から日美子の声が聞こえた。  蒼愛たちは、とりあえず部屋の中に移動した。 「待ってたよ、蒼愛。ちゃんと神力は戻ったかい?」  蒼愛を胸に抱いて、日美子が見下ろした。 「もう大丈夫です。心配かけて、ごめんなさい」 「あんまり心配もしていないさ。今回は只の神力切れだろ。紅優も寄合で大丈夫って話していたからね」  気を失ったり長く眠ることが多すぎて、みんな慣れてきたらしい。  今までに比べたら、今回は重症度は低いから、皆、安心してくれているのかもしれない。 「昨日、名無が蒼愛の夢に入り込んできましたが、夢の中で浄化しました。当面は接触できないだろうと思います」  紅優の話を聞いて、日美子の顔から笑みが消えた。 「神の宮にまで入り込めるってのは、エナって神の神力を使っているからなんだろうね」  ただの妖怪や怨霊では、天上の神の宮にまで手出しはできない。 「なんで蒼愛ばっかり、こんな目に遭うんだろうね。私らが何もしてこなかったツケを全部、背負わせているんだね。ごめんよ」  日美子が蒼愛を抱きしめた。 「違いますよ、そうじゃないんです。エナの魂の欠片を持つ僕がこの国に来たから、エナが目を覚まして、ヒルが動き出した。僕のせいなんです。日美子様たちは、いつどうにかなってしまっても、おかしくなかったこの国を、守ってきてくれたんです」  日美子の腕から離れて、蒼愛は顔を上げた。 「蒼愛のせいでもないよ。魂の移植も、蒼愛がこの国に来たのも、全部偶然だ。偶然が重なって、今の状態になっているだけだよ」  紅優が冷静に話す。  蒼愛は俯いた。 「そうだよね。偶然、なんだよね。だったら、やっぱり、僕が頑張らなきゃ。幽世ってたくさんあるって利荔さんが教えてくれた。その中の一つに僕が来て、そこにたまたまヒルとエナがいたのなら、僕が助けなきゃ。僕は紅優と暮らすこの国も、大好きな皆も、全部守りたいから」  自然と笑顔が零れた。  日美子が優しく蒼愛の頭を撫でてくれた。 「蒼愛みたいな良い子が、ガラクタなわけない。私らは皆、蒼愛が大好きだ。闇人は心の隙に付け入るって聞くが、名無に何を言われても気に留めちゃいけないよ」  頭を撫でてくれる手はいつも通り優しい。  日美子は出会った時からずっと変わらない。それがとても安心できた。 「紅優も真白も、井光さんもいてくれるから、もう大丈夫です。僕には僕の気持ちがあるから。僕の気持ちは僕のモノだから、名無にあげたりしない。日美子様が大好きって気持ちも、僕のだから」  蒼愛は自分から日美子の胸に抱き付いた。  日美子が微笑んでくれるのが嬉しかった。 「私も蒼愛様の好きの中に、入れていただきたいわぁ」  聞き慣れない声がして、顔を上げる。  伽耶乃がスゼリと一緒に、蒼愛に向かって微笑んでいた。 「スゼリ、伽耶乃様……。良かった、ちゃんと戻ってた」  伽耶乃が野椎から神様の姿に戻ってすぐに眠ってしまったので、実感がなかった。  ちゃんと戻っている姿を確認出来て、やっと安心できた。 「蒼愛様、お菓子が好きなのでしょ? パウンドケーキを作ってみたのだけど、如何?」  手に持ったトレイに人数分のケーキが乗っている。  蒼愛の目が釘付けになった。 「これ、伽耶乃様が作ったんですか? 美味しそう、すごい」  促されて、蒼愛はテーブルについた。 「スゼリちゃんも人と同じ食事をするし、私も他の神様より食事の頻度が多いの。だから、料理は得意なのよ」  目の前のパウンドケーキを見詰める蒼愛に、紅優が吹き出した。 「蒼愛の目がキラキラしてるの、久しぶりに見たよ」  どことなく、紅優が嬉しそうだ。 「いただきます」  ぱくりとケーキを頬張って、顔が蕩けた。 「んー……、美味しい」  口が緩んでいるのが自分でもわかる。  伽耶乃が嬉しそうに笑った。 「蒼愛って、何でも美味しそうに食べるよね。お菓子だけじゃなくて、ご飯も美味しそうに食べる」  伽耶乃の隣に座ったスゼリが、感心した顔をする。 「だって、美味しいから。美味しい物を食べると、幸せな気持ちになるから」  蒼愛が瑞穂国に来て、最初に感じた幸せかもしれない。  紅だった紅優が食べさせてくれたエビの天ぷらの美味しさは、今でも忘れられない。蒼愛の一番の好物だ。 「こんなに美味しい物、作れちゃうなんて、伽耶乃様すごいです」  美味しくて、パクパク食べてしまう。  紅茶の風味と、添えてあるフワフワの生クリームが口の中で溶ける感じが癖になりそうだ。 「蒼愛はね、餡子系のお菓子が好きなんだって」  スゼリがケーキを食べながら伽耶乃に話しかける。 「あらぁ、そうなの? じゃぁ、次はぜんざいか、御汁粉なんて、どうかしらぁ。御団子もいいし、御饅頭や最中も作れるわぁ」 「全部好きです! 食べたいです!」  大変良いお返事をしてしまって、はっとした。 「あ、すみません、つい……」  恥ずかしくなって、ちょっと俯く。  伽耶乃が可笑しそうに笑った。 「じゃぁ全部、作りましょぅねぇ」 「伽耶乃は作るのが好きだから、蒼愛が食べてくれたら嬉しいよ、ね?」  スゼリの問いかけに、伽耶乃が笑顔で頷いている。  何となく、現世に居た頃もこんな風に伽耶乃が作ったお菓子やご飯をスゼリが食べたりしていたんだろうなと思った。 「今の現世の料理は、私が知っている料理とはかなり違うけど、本を見ながら色々試してみるのが楽しいのよ。蒼愛様、食べる方でお手伝い、してくださる?」  千年振りに野椎から人の姿に戻ったのだから、総てが変わっている状況だろうと思う。 (あ、でも、野椎の姿でスゼリと一緒にこの国は見ているから、全然知らないわけでもないのかな) 「いっぱい食べます。伽耶乃様のパウンドケーキ、美味しいから、他のお菓子も食べてみたいです」  笑いかけたら、伽耶乃が微笑み返してくれた。  笑顔も話し方も所作も綺麗な神様だと思った。

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