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第117話 自由な心
蒼愛は部屋を見回した。
「そういえば、今日は月詠見様がいないんですね」
隣でケーキを食べる日美子に問い掛ける。
昼間は日ノ宮で日美子と一緒に居る日が多いのに、珍しいなと思った。
陽菜がいるのに世流がいないのも変な感じだ。
「暗がりの平野に闇人の調査に行ってるよ。紅優たちが大蛇の領地に行く前に、出来るだけ把握しときたいってさ」
人の暴動が治まれば、大蛇の領土に視察に行ける。
そのタイミングを、きっと闇人も狙っている。
ヒルもエナもどこに潜んでいるかわからないし、いつ接触してくるかもわからない。
蒼愛が動くタイミングを待っているのだろう。
「月詠見なりに気にしてんのさ。自分の守護地の妖怪の把握が行き届いてなかったってね」
日美子が目を落とした。
きっと、同じような後悔を月詠見だけでなく他の神様も持っているのだろうと思った。
「闇人は、把握できなくても仕方ないと思う。存在自体が不安定でいるのかいないのかも、わからないし。表面上は無害だ。今回の件がなかったら、きっとずっと見過ごされてきた妖怪だよ」
スゼリが、もしょもしょと話す。
日美子が苦笑した。
「それを言っちまうと、暗がりの平野に住む妖怪のほとんどが闇人みたいなもんだからね。ただまぁ、現世みたいに住んでいる人間を管理するような国にはしたくなかったから、住んでる妖怪には自由に生きてほしいのも本音なのさ」
それはきっと、日美子や月詠見だけでなく、瑞穂国の神々総ての想いなのだろう。
「わかる気がするなぁ。現世の生活、俺は嫌いじゃなかったけどさ。兼太は生きるの大変そうだったぜ。理研生まれで戸籍がないから、マタギの爺さんが苦労してさ。瑞穂国はそういうの、なさそうだもんな」
ケーキを食べながら、真白が何気なく話す。
なんてことなく話しているが、きっとそのお爺さんは大変な苦労をしたのだろうと思った。
(僕も現世に居たら同じ苦労をしたんだ。この国だから、僕は生きられるんだ)
改めて、瑞穂国が自分の生きる場所なのだと再確認した。
「俺は今の国の在り方が好きですよ。問題が生じたらその都度、対応すればいいだけです。視察期間中は警備も増やしてもらえますし、大蛇だけでなく暗がりの平野の闇人も監視してもらえるとの話なので、月詠見様にお任せします」
紅優が日美子に笑いかける。
日美子が苦笑した。
「だから俺たちも視察に行く前に、出来る準備はしておきたい」
紅優の目が伽耶乃に向く。
伽耶乃が小さく微笑んだ。
「土ノ神入宮について、蒼愛様の御同意は、いただけるの?」
伽耶乃に問われて、蒼愛は首を傾げた。
「寄合で神々の意見は全員、貰ったから、あとは蒼愛だけだよ」
「え? 僕もなの? 勿論、賛成だけど……」
「色彩の宝石にも、決定権がある。賛成だったら、伽耶乃様に神力を飛ばして」
紅優が指をさして、真似をする。
名前の儀の時のような感じだと思った。
頷いて、蒼愛は指に溜めた神力を伽耶乃に向かって飛ばした。
蒼愛の神力が伽耶乃の胸に吸い込まれた。
「ありがとうございます、蒼愛様」
伽耶乃に丁寧に頭を下げられて、蒼愛もぺこりと頭を下げた。
「これで神々の賛成が揃ったね。それじゃ、土の神力、あげちゃおうか」
紅優が立ち上がって伽耶乃の前に腰を下ろした。
「なんか、軽いね~。そんな簡単で良いの?」
笑いながらチャチャをいれる陽菜に、紅優が苦い顔をした。
「難しいことはないし、すぐに終わりますし。何より陽菜さんには言われたくないです」
普段からノリも話し方も軽い陽菜に言われるのは、微妙な気持ちになるかもしれない。
伽耶乃が紅優に向かって居直った。
「スゼリ、念のため、伽耶乃様の後ろで支えてあげて」
「わかりました」
スゼリが立ち上がり、伽耶乃の背中に手を添える。
「じゃ、流すね」
紅優の中から黄色に光る神力が浮かび上がった。
両手で包んだ神力を伽耶乃の胸に持っていく。
黄色い神力が、紅優から伽耶乃の胸に入っていった。
伽耶乃の体が金色に灯った。
光が収まるにつれ、土の神力が伽耶乃に馴染んでいくのが分かった。
目を閉じて神力を感じていた伽耶乃が目を開けた。
「確かに賜りました。土ノ神として御役目を全う致します。瑞穂ノ神様」
伽耶乃が紅優に向かって平伏する。
「よろしく頼むね」
見下ろす紅優はやっぱり神様の顔で、格好良いと思った。
(紅優はどんどん神様っぽくなる。やっぱり紅優は僕と幽世が選んだ神様なんだ)
そう思ったら誇らしかった。
「それじゃ、最初の仕事なんだけど。蒼愛に土の加護を分けてあげてほしい」
「仰せのままに」
紅優のお願いに、伽耶乃が即座に返事した。
手招きされて、蒼愛は紅優の隣に立った。
「よ、よろしくお願いします」
照れ臭くなって、小さくお辞儀をする。
ニコリと微笑む伽耶乃は、普通に綺麗なお姉さんで、何だか緊張した。
「それでは、蒼愛様。失礼いたします」
伽耶乃の腕が伸びてきて、蒼愛の頭の後ろを包んだ。
紅優が蒼愛の後ろに回って肩を支えてくれる。
柔らかい唇が重なって、舌が入り込み、絡まった。
しっとりと温かな神力が流れ込んでくる。
(温かい……、柔らかくて、命の匂いがする。土は命が生まれて命が返る場所だからかな)
今までもらってきた神力の中で一番、命を感じる。
感じる熱は、野椎の中にあった色彩の宝石に似ていると思った。
熱が霊元に落ちて、沁み込んでいく。
土に水が沁み込むように、じっくりじんわりと、蒼愛の中に入ってくる。
絡まっていた舌が解けて、唇が離れた。
膝立ちだった足から力が抜けて、蒼愛は座り込んだ。
(体が、熱い。霊元に、全部混ざる。溶けそう、だけど、まだ足りない)
「蒼愛、大丈夫?」
顔を覗き込んだ紅優を見上げた。
「紅優の、ちょうだい。最後に、瑞穂ノ神の加護が、ほしい」
顔も体も熱くて、息が上がる。
蒼愛の顔を見詰めた紅優が喉を鳴らしたように見えた。
「いつもより濃いの、あげるね」
顎を掴まれて、上向かされる。唇を覆うように重ねられて、トロリと濃い神力が蜜のように流れ込んだ。
舌が絡まって、唾液が混ざるほどに、甘くなる。
(霊元に、落ちていく。紅優が僕の中に沁み込んでく。全部、混ざって、溶ける)
六柱の神々の加護と、瑞穂ノ神の加護が混ざり合って、色彩の宝石になっていく。
紅優の首に腕を回して貪っていた唇が離れた。
「これで蒼愛は完璧な色彩の宝石だ。今まで以上に盤石な神力が使えるはずだよ」
紅優が嬉しそうに蒼愛に頬擦りする。蒼愛は無言で頷いた。
(足りなかった土の加護が沁み込んで、バラバラだった神様の加護が瑞穂ノ神 の加護で混じって溶けた。なんだろう……。神力が前より、僕のモノになったように感じる)
大きな力なのに、軽い。
蒼愛は手を握ったり開いたりして、馴染んだ神力の感触を確かめた。
紅優が蒼愛を胸に抱いた。
感じる熱が、紅優の神力が、前より更に温かくて心地よい。
「蒼愛様、色彩の宝石を今、作れるかしら?」
紅優の腕の中の蒼愛に、伽耶乃が語り掛けた。
「色彩の宝石を……? 出来ると思います」
両手を合わせて、小さな宝石をイメージする。
イメージも神力も前よりずっと簡単にできるし、大きな力を放出できる。
霊元から神力が昇るのと同時に、魂が吸い上げられるのを感じだ。
「え……?」
両手をゆっくり離しながら開く。
イメージした通りの宝石が、手の中にあった。
「お気づきになって?」
声につられて伽耶乃を振り返る。
「色彩の宝石に、僕の、魂が、入り込んだ気がしました」
蒼愛の言葉に伽耶乃が頷いた。
「本物の色彩の宝石には魂が籠るの。五百年以上、腹の中に色彩の宝石を抱えていた私だから、わかる。御二人が呪詛を解いてくださった時も、宝石は命になって弾けた」
伽耶乃の説明に、蒼愛は紅優を見上げた。
「伽耶乃様が飲み込んでいた色彩の宝石が呪詛の死を引き受けてくれたんだ。俺たちの神力だけでは恐らく浄化できなかった。浄化できたのは、色彩の宝石に魂が宿っていたからなんだ」
蒼愛は紅優から手の中の宝石に目を移した。
「それって、じゃぁ……」
紅優の手が、蒼愛の手と一緒に宝石を包み込んだ。
「完璧な色彩の宝石になった蒼愛が作った、色彩の宝石。蒼愛の魂が宿った色彩の宝石をエナに返してあげたら、エナの魂は完璧になれるかもしれない」
紅優を見上げる。
いつのまにか視界が涙で歪んでいた。
「エナにちゃんと魂の欠片、返してあげられるの? 返しても、僕は死なないの? 僕のままで、生きていて、いいの?」
歪んだ景色の向こうで、紅優が頷いた。
「蒼愛は蒼愛のまま、これからも生きられる。この国も壊れない。エナとヒルも救ってあげられる」
紅優が蒼愛を抱き上げた。
勢いで、涙が吹き飛んだ。
鮮明な視界の中の紅優が笑っていた。
「本当に何とか出来る方法、探してくれたんだね。これからも紅優と生きられるんだね」
手掛かりすらなかった蒼愛の我儘を、紅優は本当に探してくれた。
蒼愛が寝ている間に、頑張ってくれた。
申し訳ないと思うのに、迷惑ばっかりかけていると思うのに、嬉しくてたまらない。
「伽耶乃様が色彩の宝石について詳しく教えてくれて、寄合で神々と話し合った。蒼愛に土の加護を与えて色彩の宝石として完成すれば、宝石の形で魂を返せるんじゃないかって結論に至った。試してみなきゃわからないけど、成功する可能性は高いって、皆も考えている」
蒼愛を見詰める日美子も伽耶乃も、スゼリも陽菜も真白も、同じように確信した表情をしている。
きっと蒼愛が想像もつかない程、たくさん話し合ってくれたんだと思った。
「僕のために、皆が、いっぱい、考えてくれたんだね。ありがとう……」
ちゃんと見えていた紅優の笑顔がまた涙で歪んだ。
「俺は勿論だけど、皆が蒼愛に生きてほしいと思ってる。蒼愛を助けたいと思ってる。だから知恵を出して一緒に考えて頑張ってくれるんだ。皆を動かしたのは、蒼愛だよ」
蒼愛は何度も首を横に振った。
「僕は、何もできてない。皆が優しいから、僕を生かしてくれるから」
宝石の蒼玉、色彩の宝石、瑞穂ノ神の番。
蒼愛の肩書は、瞬く間に増えた。
それらの肩書が、神様たちが蒼愛を大事にしてくれる理由なんだとしても。
「蒼愛様は祭祀の時、必死にスゼリちゃんを守ってくれたわ。御披露目の時だって、孤独だったスゼリちゃんの気持ちを見抜いて気に掛けてくれた。そんな蒼愛様がね、私は最初から、大好きよ」
伽耶乃が蒼愛に向かって満面の笑みをくれた。
「だから伽耶乃様は野椎の姿でも、ずっと僕を助けてくれていたんですか」
祭祀の時、左目の奥の痛みが消えたのは、野椎の伽耶乃の中にあった色彩の宝石のお陰だ。
闇に飲まれそうになった時も、助けに来てくれた。
「大好きな子を助けるのは当然だわぁ。スゼリちゃんも喜ぶもの」
伽耶乃がスゼリを振り返る。
スゼリが俯きがちに頷いた。
「前にも言ったけど、蒼愛は僕の救世主だよ。あと、伽耶乃以外にできた大切な友達だから」
頬を赤らめるスゼリは照れているようで可愛かった。
「俺も蒼愛様、好きだぜ。時間を遡ってまで助けに来てくれた。そのせいで蒼愛様が大変な目に遭うなら、今度は俺が守るよ」
真白が明るく笑う。
「神力、カラカラになるまで俺たちの浄化に力を使ってくれちゃう蒼愛様だからね。誰かが傍にいて、守ってあげないとね」
隣の陽菜が同じような顔で笑った。
「蒼愛のお陰で、天上の状況も変わった。志那津が自分の宮に私らを呼ぶなんて、今までじゃ考えられなかったんだ。あの意固地が蒼愛には心を開いた。スゼリも同じさ。神々の結束が強まったのは間違いないんだよ」
日美子が穏やかに語る。
その話し方が余計に実感が籠って聞こえて、蒼愛の胸に沁みた。
「この短期間で、蒼愛はこれだけ多くの変化を瑞穂国にもたらして、皆を救ってきたんだ。宝石だからじゃない。蒼愛が蒼愛だから、皆が蒼愛を愛したいって、思うんだよ」
紅優が蒼愛の涙を拭う。
拭ってくれるのに、涙が全然、止まってくれない。
「嬉しくっても、こんなに、いっぱい、涙が、出ちゃうって、知らなかった」
しゃくりあげながら、何とか話す。
そんな蒼愛を紅優が愛おしそうに抱きしめた。
(理研に居た頃には誰かに愛されるなんて、考えられなかった。あの頃の僕とは、もう違うんだ)
心を殺して、何も見ないようにして、感じないようにして、動かなかった二十八番ではない。
今は、色々なモノを見て、たくさん感じて、好きに動ける蒼愛だ。
(怖いと思わないで、そんな風に生きられるのは、やっぱり紅優のお陰だ)
蒼愛は紅優にぴたりとくっ付いた。
「紅優がいてくれるから、紅優が愛してくれるから、僕は好きに出来るんだよ。やっぱり、紅優のお陰だよ」
「好きに生きてくれる蒼愛が、俺は好きなんだよ。自由に笑ってくれる蒼愛が、好きだよ。そんな風に生きてほしいって、俺が思っているんだよ」
紅優が蒼愛の鼻に口付ける。
くすぐったくて、甘い。
(自由……。自由って、こういう感じなんだ。自由に生きると、僕はこんな風になれるんだ)
初めて意識した、初めて知る感覚だ。
心が温かくて、とても楽で、嬉しい。
(僕に自由をくれた紅優も、大事にしてくれる皆も、この国も、僕が守るんだ。皆と一緒に僕が、守る)
たくさんの愛を貰って、改めてこの国が大事だと思った。
蒼愛は手の中の色彩の宝石を見詰めて、強く握りしめた。
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