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第142話 一難去って

 蒼愛たちは真白の背に乗り、天上の水ノ宮に戻った。  瑞穂玉を含んだお陰で、真白も軽症ですんでいた。蒼愛の癒しの水で傷は癒え、神力も回復できた。  水ノ宮に上がると、宮の中はバタバタと慌だたしかった。  給仕の巫女たちが走り回っている。  癒しの間から出てきた日美子の姿を見付けて、紅優が駆け寄った。 「月詠見様たちの身に何かあったのですか?」  紅優たちの姿を見付けた日美子も、駆け寄ってきた。   「それが、おかしいんだ。核を奪われた四柱の体から、邪魅が溢れ出てくる。浄化して、一度は綺麗に消えたから、魂を守る癒しの術を淤加美が掛けているんだけどね。すぐにまた湧いてくる」  日美子の顔が逼迫している。  こんな顔の日美子を見るのは初めてだ。  蒼愛の後ろで日照に手を握られているエナを見付けて、日美子が目を向けた。 「志那津の体に邪魅を植え付けて操作したんだろう? あれと同じ術を他の神にもしたのかい?」  責めるでも怒るでもなく淡々と、日美子が問う。  エナが首を振った。 「私は黒い神力を使って核を奪っただけだ。邪魅など植え付けてはいない」  日照の手を握ったまま怯えた顔でエナが後ろに隠れた。 「エナは、嘘、ついてない。信じて、日美子。蒼愛も、わかるよね」  日照の視線を受けて、蒼愛も頷いた。  黒い神力を失い、本来の神力まで封じられた今のエナは、以前より魂の拍動を感じやすい。  思考までわからなくても、感情を直に感じ取れる。   「本当に使っていないんだと思います。僕も日照も、エナの魂を感じるから、嘘じゃないのはわかります」  日美子と紅優の顔が蒼褪めた。 「だったら、邪魅を植え付けた犯人が他にいるってことになるね」  紅優が顔を顰めた。 「とにかく一度、月詠見様たちの容体を確認しよう。羽々は広間で日照とエナの側に居てやってくれ」  頼まれた羽々が頷いた。 「構わないが、俺はここに居ていいのか?」 「なんで、いけないの?」  羽々の問いに蒼愛が首を傾げた。  日美子が小さく吹き出した。 「蒼愛の言う通りさ。ダメな理由がないだろ。一緒に居てやりたいが、私も紅優たちと癒しの間に入りたいから……、あ、吟呼。こっちに来ておくれ」  大きな樽を運んでいた吟呼を日美子が呼び止めた。  別の者に樽を預けて、吟呼が小走りに近寄った。 「仕事中すまないが、広間で羽々たちの手当てをしてやってくれないかい」  日美子の言葉を聞いて、吟呼が羽々と日照とエナに目を向けた。  羽々と日照にこれといった大きな外傷はない。  エナの皮膚に、所々、蒼愛の炎で負った火傷の跡が残っているくらいだ。  エナをじっと見詰めていた吟呼が、頷いた。 「心得ました。紅優たちが癒しの間から出てくるまで、手当をしておればよいのですな」  吟呼が日美子に小さく笑んだ。  さすが吟呼は理解が早い。  この場所で肩身が狭いであろう三人の側に居てほしいというお願いを、ちゃんと理解してくれた。 「頼むよ、吟呼」  紅優に頷いて、吟呼が三人を広間の奥に促した。 「名無かもしれない!」  日照に手を引かれたまま、エナが紅優に向かい、声を上げた。  人の多い広間が一瞬、静かになった。  日照の手を離れて、エナが紅優の前に立った。 「闇人名無は、私が黒い神力で取り込んだ。自我は消えたはずだけど、時々、自我の芽が疼いていたから」 「自我の芽?」  紅優の問いに、エナが頷いた。 「完全に殺すより闇の呪詛の使い勝手が良かったから、芽を放置した。私の黒い神力が消えて、抑止がなくなった。名無の自我が蘇ってもおかしくない」  エナがギュッと目を瞑った。  震えるエナの手を、紅優がそっと握った。 「教えてくれて、ありがとう。エナが勇気を出してくれて、助かったよ」  紅優の手が、エナの頭を撫でた。  エナが大きく目を見開いて、黙り込んだ。 「紅優様、俺は地上に降りよう。今の話が本当なら、一族が心配だ。大蛇たちは今も闇人討伐を続けている」  神々と共戦してくれた大蛇たちは、大量に増えた闇人を駆逐するため、まだ応戦を続けている。 「闇人が増えたのは、エナの仕業?」  蒼愛の問いに、エナが肩を小刻みに震わせて頷いた。 「私が作った人形を、最大まで分裂させた。三百体近い数だ。だけど、一体にもなれる。一体になると、呪力が強くなるから、相手を飲み込める。飲み込めばまた、呪力が増す」  紅優と蒼愛は息を飲んだ。  もし名無が生きていて、大蛇を飲み込んだりしたら、とんでもない呪力を持ってしまう。  紅優が羽々を見上げた。 「先に地上に降りて、状況を確認してくれ。こっちが落ち着いたら、俺も降りる。もう一人、誰かに行ってもらおう。真白……、は怪我を治したばかりだから、もう少し休まないとダメだね。他に動ける側仕は……井光さんかな」  地上に降りていた側仕は怪我を負っている者が多い。  核を失った神の側仕は主に付いているから、離すわけにもいかない。 「紅優様の御命令であれば、どこへなりと参ります」  いつの間に、井光が紅優の後ろに立っていた。 「おかえりなさいませ、主様。出迎えもせず、申し訳ございません。御指示については道中、確認しましょう。急いだほうがよろしいのでしょう」  ニコリと笑んだ井光に、紅優が安堵の笑みを返した。  恐らく他の仕事をしていたであろう井光は、紅優の声が自分を呼んだのを聞いて、飛んできたのだろう。  任の内容を知らないのに主の意向を汲み取れる思考は、流石としか言えない。 「井光さん、ただいま帰りました。早速で悪いんだけど、羽々と地上の闇人の様子を確認してきてほしいんです。名無が生きているかもしれない。そうなれば、惨事につながりかねない」 「承知いたしました。お任せくださいませ」  井光が紅優に頭を下げ、羽々に微笑み掛けた。  羽々が頷いた。 「何とも力強い助っ人だ。吉野の大猫殿なら、闇人も一飲みだろう」 「八つの頭を持つ大蛇の羽々殿には敵いませんよ」  やはり羽々と井光は仲が良い。会うたびに仲良くなっている気がする。 「それでは、紅優様は蒼愛様と神々の治療に専念してくださいませ。地上はご心配なさらずに」  紅優と蒼愛に向かって頭を下げると、井光が羽々と共に宮を出ようとした。 「俺も行く! 鳥がいた方が伝達役に使えるでしょ。日美子、いいよね?」  広間の奥から陽菜が駆けてきた。 「行ってくれるのかい、陽菜。助かるよ。けど、無理するんじゃないよ。アンタは戦闘向きじゃないからね」  日美子が陽菜の頬や頭を愛おしそうに撫でる。  陽菜が日美子に抱き付いた。 「こんな戦は、早く終わらせる。神様が傷付くのも、国が傷付くのも、仲良しの妖怪が怪我するのも、嫌だよ。元の平和な国が好きだ。みんなで甘味食べて笑ってられる国が、好きだよ」  陽菜の声が震えている。  日美子が陽菜を優しく抱いた。 「私も、そういう国が好きだよ。すぐにまた、皆で甘味を食べられるさ」  日美子が陽菜の髪に口付ける。  顔を上げて頷くと、陽菜が井光と羽々に駆け寄った。 「陽菜殿は、どんな菓子が好きか?」  羽々に問われて、陽菜が考えている。 「俺? 俺は、そうだなぁ。あられ餅が好きだよ。日美子が扇屋のあられ餅を、よく買ってくれるんだけど、日美子が作ってくれるのも好きなんだ」 「あられ餅ですか。瑞穂ノ神降臨記念で、扇屋から七福神アラレが売り出されていましたね」  井光が思い出したように呟く。 「井光さんと羽々さんは、もう食べた? あれ美味しいんだよね。日ノ神アラレがザラメで、一番好きなんだ」  嬉しそうに語る陽菜に、羽々が握手を求めた。 「俺は海苔が巻かれた暗ノ神アラレが好きだよ。貴方とは仲良くなれそうだ」 「七種類、どれも美味しいし、色々入ってて面白いよね。よろしくね~」  訳が分からないままに、陽菜が羽々と握手していた。  そんな話をしながら、三人は水ノ宮を出ていった。  背中を見送った紅優の顔が蒼愛に向いた。   「俺たちは癒しの間に急ごうか」  紅優に促され、蒼愛は癒しの間に向かった。

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