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第18話

その日の終わり、まるで天が味方したかのように、迅は白川先生に告白された。 今まで少しもそんな素振りがなかっただけに、これにはさすがに迅も驚いた。 「私が校長の娘であるということは気にせずに、無理だったら、そうはっきり断っていいから」 彼女もまた、親の重圧を感じて生きてきた人なのかもしれない。そう思うと、なんだか親近感を覚え、気づいたときには返事をしていた。 「白川先生は、俺の理想の女性そのものです」 嘘ではなかった。白川先生に愛を囁くところは想像できなくても、年齢的にも立場的にも、そして女性である白川先生は恋愛対象としてふさわしい相手だった。定規で線を引いたような正しさは、迅をほっとさせた。 そうして迅は、女を愛する男という服に袖を通し、大人というネクタイを締め、最後に教師という仮面を被った。 水瀬の連絡先はスマホから削除した。 教室や廊下ですれ違うとき、水瀬は憂いを含んだ熱い眼差しを迅に向けてきた。しかし、それ以上のことは何もしてこなかった。 こうしてみると、いつものことのように思えた。生徒の性別が男なだけで、他はなんら変わらない。普通は異性の教師に向けられるものを、水瀬の場合ちょっと掛け違えただけだ。 そう考えると、今こそ教師として迅の出番なのではないかと思った。 その日、迅は帰りに本屋に立ち寄ると、「初めてのLGBT」という本を買った。 カップ麺でさっと夕食を済ませ、早速、本を開いて読み始める。 数ページめくったところで、迅は手を止めた。 ――自分がLGBTだと気づくのがもっとも多い年齢は十三、四歳だが、中には結婚した後に気づく人もいる。 「そんな遅くに?」 なんだか胸がもやっとした。そのまま読み進めると、次のような文章に突き当たった。 ――同性の芸能人やクラスメイトの裸に興奮したとき、自分がLGBTだと自覚した。 「クラスメイトの裸に……、それはない、なかった」 念の為、迅はスマホで男の裸の写真を探して眺めてみたが、下半身はうんともすんとも言わなかった。 そこで迅は、はたとあることに気づいた。この本は水瀬のために買ってきたのに、なぜ自分が答え合わせのようなことをしているのだ。自分が同性愛者ではないことは、分かっているはずなのに。 本を投げ出すと、冷蔵庫からビールを取り出した。時計を見ると、夜中の二時を過ぎている。 水瀬はちゃんと眠れているだろうか? それとも、眠れずに羊の代わりに迅を数えているのだろうか? ピロリンとスマホが鳴り、急いで確認すると、ただのジャンクメールだった。なんだ、とスマホを乱暴に戻そうとしたとき、思い出した。 そうだ、水瀬の連絡先はもう消したのだった。 職場恋愛ではよくあることだが、白川先生と迅の交際は周囲に知られないよう秘密にすることになった。 しかし、週末に二人で行った映画館で生徒に目撃され、あっという間に学校中の噂になってしまった。 「申し訳ございません、迂闊でした」 迅は校長室で深々と頭を下げた。 「まぁまぁ、本来なら心海君より年上の玲奈の方がしっかりしてなくちゃいかんのだがね。相当君に惚れ込んでいるみたいだな。まぁ、男親としてはいろいろ複雑だが、君みたいな色男相手じゃ仕方もないか」 迅はなんて返したらよいのか分からず、額に滲んだ汗を拭った。 迅と白川先生の交際は教師たちには事実を伝え、生徒たちには断固否定することになった。 しかし、それを信じる生徒と疑う生徒の数は半々だった。
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