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★明日が平和とは限らない★ 第1話 いつものルーティン

 はっ、はっ、はっ。自分の吐く息がリズムを取りだして、調子が上がってきたのを感じてきた。明日から新学期が始まる。学年が上がるだけで、特段変わり映えしないメンバーがシャッフルされるだけだ。 「がく!余計なこと考えるなっ。落下するぞ!」  俺は後ろから追いついてきた、修験道仲間の桃李に声を掛けられて、なぜバレたのかと顔をしかめた。もう一度集中し直すと、神経を尖らせ全身を使って、今流行りのパルクールの様に岩場を走り抜けて行った。  俺の家は代々修験道を嗜む山伏の家系で、物心ついた頃から修行をさせられている。俺にとって険しい白路山を駆け回るのは、最早当たり前で疑問も持たないルーティンだ。  とは言え、明日から新学期が始まるから流石に朝からというわけには行かなくなる。修験道の(やしろ)に無事到着し、いつもの文言を唱えて全てを整えると、隣に建っている修行棟の板張りの縁側に疲れた身体を投げ出した。  足袋に弾力のあるゴム底のついた山伏足袋を脱いでいると、先に到着していた桃李がすっかり着替え終えて奥から出て来た。細身ながらいかにもバネのありそうな身体つきの桃李は、俺の従兄弟で伯父の所の息子だ。二つ上の桃李は地元の大学生で、俺にとっては兄弟みたいなものだ。 「なぁ岳、最近ペース落ち気味じゃないか?何か問題でもあるのか。」  眉間に皺を寄せて俺の顔を見つめる桃李に、俺はあえて目を合わせて言った。 「何でもない。単純に調子が上がらないだけだろ?」  俺の答えに肩をすくめると、まぁいいやとぶつぶつ言いながら先に行くぞと、手に持っていた運動靴を地面に揃えて履くと、サッと立ち上がって後ろも見ずに歩き去った。  俺は確かに前よりずっと疲れやすいなと、桃李の何かあるのかと言う言葉を気にしながら、軽くシャワーを浴びてさっさと着替えた。板間をギシギシ歩いて縁側まで辿り着くと、観光客なのか張り切った顔の数人がこちらに向かって歩いてくるのをぼんやり眺めた。  集団を案内しながらやって来る先頭の鈴村さんに会釈すると、観光客にジロジロ見られながら社を離れて下界へと道を降りて行った。  俺たちが普段時間のある時に修行している白路山は、昔から山伏の修験道として有名だけれど、最近は下界に近い方のルートが観光地化していて、ファミリーや若者、足腰に自信のある老人のトレッキング場所としても人気だ。  修行自体は誰の許可も必要ないが、険しいルートは観光客が紛れたら遭難ものなので、あえて事故防止のために案内人つきで楽しめるように考え出された苦肉の策だ。  俺は夏休みになったら案内人のバイトをするのもいいかもしれないと、大きく肩を回して家のある山の麓まで走り出した。

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