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第36話 叶斗side強くて脆い

 頬に泥の付いた岳の目が閉じたままで、岳に雰囲気の似た東さんの呼びかけに微かに反応している。俺の心臓はドキドキと馬鹿みたいに脈打っている。  道になっている沢へ降り始めた岳が、俺たちの目の前で次の瞬間滑るように落下して行ったのは、ほんの数分前だった。それでもパルクールの様に必死で倒木や、障害物を避けて行った岳が最後の方で力尽きて投げ出された瞬間、東さんは間髪を入れず急いで降りて行った。  俺たちにゆっくり降りる様に指示しながら、岳の側にしゃがみ込むとあちこち身体を検分している。俺たちは岳に呼びかけながらそこまで到着すると、東さんは俺たちを見上げて言った。 「多分最後の最後に力尽きただけだから打身程度だと思うけど、こいつ気を失ってしまった。俺じゃ運べないから誰か呼んでくるよ。」  俺は思わず自分で背負って運びますと申し出ていた。岳をこんな濡れた場所に置いておけなかった。俺の恵まれた体格を今使わなくていつ使うんだ。それからゆっくり元の道へ背負って登って、岳の家まで連れ帰ったけど流石にバテた。  途中、高井が代わるって言ったけど、何だかこんな岳を他の奴に任せられなかった。汗びっしょりになった俺をじっと見つめた東さんにありがとうと礼を言われて頷くと、岳は玄関にそっと寝かせられて高井と一緒に濡れた服を剥いで行った。  高井が抱き抱えて岳の奥まった部屋へ連れて行くと、手前の洗面所から濡らしたタオルを手にした東さんがベッドに寝かされた岳の顔や手を簡単に拭いてやっていた。ぶつぶつと文句を言う東さんに答える様に意識を取り戻した様子の岳は苦笑して謝っていた。  確かに思ったより元気そうだ。でも目の前の岳の地面に横たわっていたあの様子がフラッシュバックして、俺は心配で岳を覗き込んだ。いつも減らず口の岳は妙に素直で大人しかった。  俺たちが夜まで側で様子を見ていると言うと、申し訳なさそうに頷いた。東さんが立ち去ってから、いつの間にか岳も眠ってしまっていた。俺たちは何となく手持ち無沙汰で、岳の部屋を見回した。 「この部屋って本当に余計なものが無いな。山伏ってそう言う修行なのかな。」  ボソッと高井が呟いたのを聞いて、俺も机の上の参考書をパラパラとめくって言った。 「…俺の知ってる岳はいつもストイックだ。他人に興味が無くて、自分の世界に他人が踏み込まれるのを嫌ってた。でも俺みたいなしつこい奴を追っ払うのは疲れるみたいで、案外許しちゃって詰めが甘いんだ。本質は面倒くさがりなんだろうな。  俺は岳の側が凄い楽だった。アルファである自分を忘れられたんだ。分かるだろ?いつでもアルファとして見られるのって案外消耗するって。でも去年の夏にそれだけじゃないって分かったんだ。俺はβの頃から岳が好きなんだ。…だからポッと出のお前には渡さない。」

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