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第44話 新side目の前のキス

 俺はさっき不意をつかれて岳に煽られた身体の熱さを鎮めようと必死だった。なのに叶斗はいつの間にか岳を言いくるめてキスをしていた。俺はそれを眺めながら、無意識に歯を食いしばっていた。  俺だって岳を言いくるめてキスした筈だ。だから大沢を責める事は出来ない。でもこの感情は理屈じゃなかった。さっきの甘える様な猫の鳴き真似と、大沢に支配されて腕の中で蕩けている岳が、俺を煽り立てる。  俺は我慢できずに立ち上がると、教室を出た。あの二人を眺めていられるほど、俺は寛容じゃない。きっと岳は俺の時の様に訳がわからなくなって、叶斗に溺れてるんだろう。  Ωがあんなに無防備で良いのか?普通のΩはもっと自己コントロール出来てるものだ。俺がなぜこんなにも岳の事を心配しているのかも分からなかった。  結局俺も変異Ωの魅力にやられてしまったのかもしれない。Ωだけど、Ωらしくなくて…。でも本質的なところは岳だから、そこなんじゃなのか?あの誰にも懐かない、猫の様な気紛れな岳。  山駆けで飛ぶように走って、全身で生きる悦びを表していた姿に見惚れて必死で追い縋ったのは、俺らしくなかった。東京にいる時は、必死で何かするなんて格好悪い事だった筈だ。  だけど、岳の側にいるとそんな事ばかりだ。バスから汗を掻きながら抱えて運んだ時もそうだ。俺はあんなに他人に親切な奴じゃなかった筈だ。  俺の家に遊びに来た岳が嬉しそうに鯉に餌をやっている姿を見つめながら、胸に湧き上がってきた感情は今も上手く説明がつかない。  岳にくっつく叶斗を、何となく睨んで見つめてしまったのも、無意識だったけれど…。俺は廊下にしゃがみ込んで頭を抱えた。どう考えても全てのことが指し示すのはひとつだけ。  俺は岳を手に入れたい。叶斗のように、岳の事が好きなんだ。俺は立ち上がって深呼吸すると、もう一度教室の扉を開けて中に戻った。  叶斗が開けたのか、窓から風が入ってはくるものの、部屋中に蔓延する甘い岳の匂いにゾクゾクさせられる。岳はぐったりして叶斗の腕の中で目を閉じていた。  叶斗は俺を見て言った。 「何だ、まだ居たの。…こいつ、キスしてたら眠っちゃって。あり得なくない?ほんと、どうかしてるよ。…でもこんな風に捉えどころがない岳だからこそ、俺は目を離せないのかもしれない。…振り回されるのが俺だけじゃないって、それはよかったかもな。」  そう言って、叶斗は眠る岳の額に優しくキスした。  

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