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第95話 灰原side経験のない誘惑
抑制剤を飲んでいたのに、さっきからズキズキする様なこの身体の高まりは経験が無かった。あの時、岳君の手に触れると、ソワソワとした落ち着きのなさが身体を支配した。そして岳君の指先が私の唇に伸びて、ゆっくりと唇を撫でられて呟かれた瞬間。
『…美味そうだな、あんた。』
あの言葉が私の脳内を引っ掻くのを感じたのは本当だっただろうか。それからは私の失態とも言える、実験体に馬鹿みたいに口づける様な振る舞いを数人の前で披露してしまった。思い出すのも甘美なその瞬間は、確かに岳君の甘い匂いにのめり込んでいたはずなのに、引き剥がされてしばらく経つとそれは儚い霧のかけらの様に消えてしまった。
私は岳君のマーキング相手たちが、私に威圧を放ってさっさと岳君を引き摺って研究室を出て行ってしまってからも、何となく余韻にぼんやりとしていた。
「…誠君、どうだった?彼、ちょっと変わっているだろ?」
そう悪戯っぽい表情で私を見つめる桂木先生は、私の義理の兄だ。兄の灰原はグレイカンパニーの後継で、その兄が惚れ込んだ番が桂木先生だった。Ωの中で助教授まで独自の研究で上り詰めたのだから、若くして優秀なのは間違いなかった。
私は肩をすくめて言った。
「遥さんはこうなる事を知ってたんだろう?彼は変わってるなんてもんじゃ無かったよ。こんなの初めてだ。お陰でとんだ見せ物を皆に披露することになって…。」
クスクス笑う遥さんと笑いを堪える助手たちを睨むと、遥さんは私の診察を簡単にした。
「もう、影響は無さそうだね。…発情を誘引させられた?ラットの様だったかい?」
私は腕を組んで考え込んだ。ラット?いや、そこまででは無かったが、止めることは出来なかった。
「見てたでしょう?私が引き剥がされるまで岳君を貪ってたのを。発情とは違う感じでしたけど、止めようとか考えなかったなぁ。誘発された時の方が、もう少し冷静なくらいだ。私は…、落ちた。言葉にしたらそんな感じです。
それより、第二段階の際に岳君が私の事、美味そうだって言ったんです。それ、何かのキーだったのかな。そこから自分がコントロール出来なくなったから。ほんと変異Ωって変わってる。」
そう言った私をじっと見ていた遥さんが、ボソリと呟いた。
「でも誠君が、あんなにΩに執着を見せたのって初めてじゃない?普段Ω不感症とも言える誠君があそこまで反応するんだから。ね、やっぱり彼って興味深いだろう?」
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