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第96話 嵐の前の静けさ

 俺はぼんやりと気怠さを道連れに、タクシーの中、叶斗と新に挟まれていた。二人が随分イライラしているのが感じられたけれど、叶斗に抱き抱えられているせいなのか、身体が疼いて仕方が無かった。 「叶斗、キスして…。」  無意識に出る言葉に慌てているもう一人の自分が感じられた。けれど、しぶしぶ俺に口づけるアルファ叶斗の甘い味を感じてしまえば、冷静な自分なんて何処かに吹き飛んでしまった。最初気が進まないようだった叶斗も、あっという間にのめり込んで俺に満足感を与えてくれた。  タクシーが到着して、新に声を掛けられた俺たちは顔を引き剥がした。叶斗は俺を睨んで言った。 「岳のおねだりに負けずにキスしないでいたかったけど、結局俺も岳に誘われたら我慢できないんだ。あーあ。」  新は、呆れたように笑って言った。 「まぁ、岳には聞きたいこともあるからな。お仕置きは後でじっくりだ。俺、腹減ったよ。」  そう新に言われてみれば、確かに腹がぺこぺこだった。桂木先生の用意してくれたケータリングを食卓に広げて、俺たちは早速食べ始めた。   俺は食べながら新の東京住まいのマンションを見回した。モノトーンで整えられた洒落たマンションは利便性のある場所にある割にゆったりと広くて、中層のマンションなのがかえって贅沢な気がした。 「新の父さんて何してる人?ていうか、ここってかなり良いマンションだよな。」  俺がそう尋ねると、新は首を傾げて言った。 「あれ?言ってなかったっけ。弁護士だよ。今はこっちの仕事は長い付き合いのお客さんだけ残して、高井家絡みの方を増やしてるって言ってた。祓いよりもそっちの方が得意だからって。まぁ、伯父さんも、それで納得したみたいだったし。」  さすが東京の弁護士は羽振りも良いのかと、妙な説得力を感じて俺は頷いた。 「へー。俺も弁護士の仕事も良いなって思ってたんだよね。でもΩになっちゃったから、仕事で選べない職種もあるのかな。」  俺が思いついた事を言うと、困ったように二人は顔を見合わせた。 「まぁβで弁護士になるのも至難の業だけどね。でも俺ってΩだけど、この時期からだろう?今までΩ性が勉強の邪魔をしなかったんだし、そう考えるとラッキーだったかなって。 桂木先生みたいに優秀な人だっているんだから、Ωでもあんまりβとは変わらないかもしれないな。ま、取り敢えず受験頑張る。お前達も協力してくれよ?」  そう言うと、二人も優しく笑った。だから俺は油断していたんだ。灰原さんの件を、二人がすっかり水に流してくれたんだってさ。

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