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                「そうですか。さて…――どうもありがとうございました、ユンファさん。…もう結構ですよ。」   「………、…」    そして僕の対面に座っているこの紳士は、あっさりとそう、この意味のわからない行為の終わりを僕へと、こともなげに告げてきた。――そう彼はほんのりと口元に微笑みを浮かべて言いながら、僕の手をまた、コーヒー色のテーブルの中央へと優しく、壊れないようにといわんばかりにそっと置く。   「……、…はい…、…」    テーブルに置かれた右手をゆっくりと引いて、腿の上に両手を置いた僕は今、正直酷く恥ずかしい気分である。  僕の手指を舐めて咥えてくる彼に、その実僕はうっすらとこう考えていたのだ。――やっぱりこの人も、()()()()()()()と同じように、あの“スペシャルメニュー”を注文するべくこの店に訪れた方なのでは、と。    しかし、どうやら違うようで…――その人は左端に避けていた白いコーヒーカップとソーサーを、音もなくすーっと滑らかに、また自分の目の前へと据えた。    そしてこの男性は、背筋を伸ばしたままで優雅に、そのコーヒーカップの取っ手を人差し指と中指、親指でつまみ上げ――自らのその艶めいた唇へと持ってゆくと、す…とコーヒーの匂いを嗅いでから、まもなく静かにそれを一口口に含む。   「……うん…、なるほど…」   「…………」    それはコーヒーを味わったゆえのなるほど、なのか。  あるいは僕の手の、鑑定結果? に対するなるほど、なのか。――本当に僕は、この男性の言動の意図がまるで読み取れない。  するとカウンターから声を張る、この店のマスターであるケグリ氏が、あたかもこの人へ媚びるように。   「…当店のブレンド、お気に召していただけました?」    と、親しげな明るい声で聞いたが。  男性はそっと、白いソーサーへと同色のコーヒーカップを戻しつつ真顔でこう、感情の読み取れない声でこう言うのだ。   「いいえ。失礼ながらこのコーヒー…いえ、――マスターにでもわかる表現をするとすれば、…正直、たいへん不味いです。はっきり言って、飲めたものではありません。」   「…………」   「…………」    眉をひくりともせず真顔の、冷静沈着、淡々とそんなことを――いやに丁寧な口調ながらも、あと三年で還暦に差し掛かろうというような年上のケグリ氏を、こんなに馬鹿にしているのが、こんなにもわかりやすいとは。  皮肉ですらない、遠慮ないこの男性の批評に、カウンターの中に居るケグリ氏は、うんともすんとも言えないで言葉を失っている。    僕は勇気を出して、この澄ました男性へと声をかける。   「…あ、あの……」   「なんでしょうか。あぁいえ、いくらこのコーヒーがマズいからといって、まさか私は返金しろとクレームを付けたわけではありませんよ。聞かれたから答えただけなのです。…ですので、もちろんお代金は…」   「いっいえ、そうではなく…、…そうではなくて…」    これ以上ケグリ氏の傷をえぐらないでほしいのだ。…正直いま後ろへ振り返って、彼の表情を伺うのですら僕は怖い。  後々八つ当たりをされて痛い目を見るのは、紛れもない僕である。――だから僕は、話題を変えようと彼に話しかけたのである。   「…あの…何か不都合があるようでしたら無視して構わないんですが、――聞いてもいいですか。…僕の手を()()、何がわかったんでしょうか。いえ、何か、わかりましたか…?」   「……()()、ですか」    すると、そのふっくらとした艶のある唇が、最小限の動きで反問し――僕が「ええ」と答えると、その人は僕のほうへ顔を向けたようなまま、そこからは顔を動かさず、その血色の良い唇を小さく動かして。   「…そうですね…、いろいろとお察ししましたが…僭越ながら――たとえば、…」   「…はい」    そして目の前の紳士は――あくまでも淡々と、まるで謎を暴いてゆく冷静な探偵のように、こう僕へ告げた。     「――あなたがオメガ男性であること。…そして日常的に、その手で()()()()()()()()()()()…でしょうか。」          

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