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「――…〜〜ッ」
あ、これは確かに、セクハラかもしれない…――と思う僕は、今目の前の紳士の舌先に、手のひらのシワをなぞられている。
その人の濡れた生あたたかい舌先は、思わず声が、吐息がもれてしまいそうなくらいに擽ったい。――あまりビクつかないように、あまりいやらしい反応をしないように努めてはいるが、…まさか何でもしていいかと聞かれて、舐められるというほうに発想がいかなかった僕だ。
いや、一応事前に断られたには断られた。
この紳士はさんざ僕の手を、手のひらも手の甲も、指の先から爪の先、爪のキワに至るまでなぞり、撫で、念入りに確かめて――そしてそれを終えたころ、「では失礼ながら、匂いも確かめさせてください」と言うので、僕はどうぞ、と答えた。
すると彼は僕の右手の甲をそっと掲げ持ち、自らの高い鼻先を、僕の手のひらへと近づけてきてはスンスンと、そうして――まるで犬のように、僕の手のひらの匂いを確かめてきた。
それからややあってなるほど、と僕の手のひらに納得したような呟きをこぼしたあと、今度は――「…ユンファさん、失礼ですが…舐めてもよろしいでしょうか」と。
酷く淡々と、冷静に、その凛々しい眉をひくりとも動かさず――あたかも事務的なことを言ったような調子で、あわやこの紳士はどうも紳士らしくないことを、そう僕に聞いてきたのだ。
正直、当惑はしたが…――何でもって、そういうことか、となかば諦観めいた納得もあった僕は、結局どうぞ、お好きになさってください、と彼にそれも許した。
「……ッふ、…ク…ッ」
そうして…――僕は今、この人に手を、舐められている。
なんというか、たとえば犬のようにペロペロだとか、あるいは味見的に(人の手を味見なんか普通しないだろうが)ペロッと、その程度ならば僕はこうもならない。
しかし、この人…――やけに執拗に、まるで僕の手のひらをその柔らかい唇と舌で愛撫するように、手の甲を撫でさすりながら…手のひらのシワのみぞに丁寧に舌先を這わせて、時折ちゅっとキスまでしてくる。
チロチロと擽ってきたかと思えば、つー…とシワのみぞを舌先でなぞり、僕の指の股を一つ一つ舐めて、――なんかいやらしい舌使いというか、…眉をひそめる僕は、なぜって必死に耐えているのだ。
顔を斜に伏せて、カタカタ震えながら――。
「……ッ、ふ…ッ、…〜〜ッ」
ぁ、と出そうな声を、跳ねそうな手を、…熱くなりそうなこの体を。――なぜこう、僕の手を執拗に舐めてくるんだ、この人。…本当に意味がわからないのだが、これならよっぽどい つ も の お 客 様 のほうが、潔いくらいだ。
今度は手のひらをひっくり返され、あむ、と中指をそのもっちりとした肉厚な唇に咥えられた。――むに、と柔らかく潤ったその人の唇の感触を指に、硬い前歯で甘噛みされている感覚を指先に、チロチロとやわく生あたたかい舌先で舐め取られている感触を爪の間に、――ぢゅっと強く吸い付かれて、
「……ぁ、…んふ…ック、…」
駄目だ、小さく声が出てしまった。左手で口を塞ぐが、もう遅い。…彼に聞こえてしまっただろうか。
正直、今にもやめてください、と言いたいが、――これを許している僕の立場で、それは言えない。…「いっ、…」また声が出た。にわかにキリ、と指先が痛んだのだ、より強く彼の前歯で噛まれたらしい。
ビクッといよいよ僕の手は跳ね、じんじんと痛むそこを今度は慰めるよう、優しく舐められている。――痛いことはしない、約束は…?
「…ふ、…っふぅ…ッ、…〜〜ッ」
もうやめて…――申し訳ないが、
ちょっと、感じ始めてきてしまった…――。
「――ククク……」
すると喉の奥で低く笑ったこの男性は、咥えていた僕の指をふわりと口から出し、――妖艶な低い声で。
「…ふふ、失礼。ずいぶん官能的な反応ですね…? 今、私に手を舐められて、まさか感じてしまわれたのですか」
「……、は…はい、ごめんなさい…」
わかっていたんだが、感じたら駄目だと、わかっていたんだが…――指摘されると羞恥心を覚えたが、こういう場合に嘘をつくも答えないも、いつもそうした選択肢のない僕は、ほとんど習慣的にそれを肯定し、そして謝った。
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